記事の要約とポイント
全社的なシステム刷新こそ、段階に分けて少しずつ効果を測りながら進めることが有効です。
- モダナイゼーションは少しずつ進めることで、リスクやコストを抑え、市場やテクノロジー、需要の変化に応えながら確実な成果を得ることができます。
- モダナイゼーションの出発点はデータにあります。 データの標準化とオントロジー整備を進め、必要なものだけを厳選することで、柔軟なプラットフォーム基盤を構築できます。
- AI活用は命令では定着しません。安全に試せる環境を整え、現場主導の実験と改善を積み重ねることで、組織全体へ浸透しやすくなります。
変革とは、企業の規模や成長目標に見合ったスケールで進められるものだと考えがちです。
つまり、グローバル企業ならグローバル規模の変革を、というような発想です。ブロードリッジはこの4年で、サービスプロバイダーからプラットフォーム企業へと変貌を遂げました。私たちの経験から言えるのは、変革の規模と企業が目指す成果は、多くの人が考えるような関係にはないということです。実際には、変革のインパクトが大きいほど、一歩一歩は小さくあるべきです。
ブロードリッジのお客様は、世界有数の銀行や証券会社、資産運用会社です。私たちのデジタル基盤と業務基盤は、トークン化資産と従来型証券を合わせて、1日平均18兆ドルを超える取引を支えています。また、弊社では上場企業や投資信託、金融機関、投資家向けの議決権行使支援や投資家とのコミュニケーションも担っており、年間80億件以上の投資家向け文書を配信しています。
金融業界が大きな変化のただ中にある今、大企業にも、変化に素早く対応できる機動力が欠かせません。ただ、そこで必要なのは、変化そのものを目的化することでもなければ、組織全体を一気に方向転換させることでもありません。 私たちは変革の中で、大きな変化ほど「小さな一歩の積み重ね」で実現されることを学びました。変化を少しずつ重ねていくアプローチであれば、市場環境や経営方針、技術の前提条件の変化にも柔軟に対応できます。方向性を誤ったとしても早めに軌道修正できますし、何より社員も顧客も変化から取り残さずに済みます。
私たちは、この「小さな一歩の積み重ね」こそが、組織を未来に向けて強化すると考えています。これからの10年は、3つのトレンドが金融業界と顧客のあり方を大きく変えていくでしょう。
金融業界のモダナイゼーションの3つのトレンド
第一のトレンドは、資産のトークン化です。不動産や債券、株式などの資産に対する権利を、ブロックチェーン上で管理できるデジタルデータとして扱えるようにする技術です。トークン化が進めば、資産の売買は従来のような取引時間に縛られることがなくなり、投資家は株式や債券など異なる資産クラスの保有資産をひとつのデジタルウォレットで管理できるようになります。また、不動産や資源関連商品、未上場企業への投資といったオルタナティブ資産への投資機会も、より幅広い投資家に開かれるでしょう。私たちのお客様も、従来の金融と新たなデジタル金融の双方に対応できるビジネスパートナーを求めるようになるはずであり、私たちの役割はその変化を支えることだと考えています。
第二のトレンドは、情報への直接アクセスです。お客様はこれまで、ユーザーインターフェースを通じてデータベースの情報にアクセスしてきました。しかし、今後AIエージェントの活用が進み、業務に組み込まれるようになるにつれ、企業はデータそのものへ直接アクセスしたいと考えるようになるでしょう。そのためには、企業が保有するデータをAIエージェントが直接利用できる環境を整備する必要があり、APIやMCPサーバーなどの技術が重要な役割を果たします。
第三のトレンドは、「将来対応型」のソリューションです。将来を見据えたシステムづくりは以前から重要でしたが、AIの登場によって優先度が大きく高まっています。エージェンティックAIの時代には、既製ソフトウェアをそのまま導入するだけでは十分ではありません。顧客が自らデータを活用し、自社の業務に最適化したAIエージェントを自分で構築できてしまうからです。結果として、「自社開発か、購入か」という二者択一の時代は終わりつつあります。これからは、必要なものは購入しながら、自社ならではの価値は自ら構築する「build and buy」の時代になるのです。
総じてこれから多くの企業が、リアルタイムを前提とした環境に対応していかなければなりません。これまで金融業界では、多くの取引を一定時間ごとにまとめて処理する「バッチ処理」で運用してきました。バッチ処理の場合は、遅れが生じても次の処理タイミングで取り戻すことができますが、これからは運用環境全体を24時間365日稼働するネットワークとして捉えていく必要があります。
その影響は業務プロセスにも及びます。従来は人が行っていた判断や確認の多くが、ソフトウェアの中に組み込まれるようになりました。たとえば証券口座の開設申請で記入漏れがあれば、以前は担当者からの連絡に従って、修正し再提出いただく必要がありました。しかし現在は、ソフトウェアが入力内容を事前に確認するため、ミスや例外対応そのものが大幅に減っています。
また、業務がソフトウェア化されるにつれて、ソフトウェアの開発方法も変わっています。今ではAIを活用することで、システムの設計からプログラム作成、テストまでを効率化できるようになりました。一方で、品質の確認や本番環境へのリリースといった最終的な判断と責任は、引き続き人間が担います。こうした自動化、とりわけテスト工程の効率化によって、より高品質なソフトウェアを、より短期間で提供できるようになるのです。
小さく進めるからこそ、速く進める
ブロードリッジは2023年の時点でプラットフォーム企業への転換を見据え、お客様がより管理しやすい形に各種ソリューションを統合する計画を立てました。大きな方向転換でしたが、一気にすべてを変える一大変革プロジェクトにはしませんでした。一度にすべてを動かすとなると、リスクとコストが必要以上に膨らみ、先行きも読みにくくなるからです。市場トレンドが急変したときの対応もむずかしくなりますし、顧客にも社員にも変化に無理なくついてきてもらう必要がある…そこで、小さく慎重な一歩を積み重ねる戦略をとりました。
このアプローチを進めるにあたり、私たちは二つのことを重視しました。第一に、経営陣が共通の目標に向けて足並みをそろえること。第2に、測定可能な短期的成果を積み重ねることに重点を置きました。測定可能な小さな成功は、変化を組織に根づかせるうえで欠かせませんでした。リーダーには、取り組みがうまくいっていないことを早い段階で把握し、間に合ううちに起動修正できるような仕組みが必要です。プログラム開始から2年後に問題が発覚するよりも、3ヶ月の開発サイクルを終えたところで「このままではうまくいかない」と指摘できる方が、はるかに健全です。
規制の厳しい金融業界に身を置く私たちですが、変革のスピードや進め方を自らコントロールしながら取り組むことができています。今年初めに、米国証券取引委員会(SEC)の招集による、主要金融サービス企業担当者の、エージェンティックAIの取り組みに関する意見交換会がありました。そこで印象的だったのは、まずSECが業界の視点に強い関心を持ち、現場の具体的事例や、金融機関が成功と失敗から何を学び、どのように変化してきたのかを知ろうとしていたこと。そしてもうひとつは、議論の多くが、プロセスに人間を介在させる「Human-in-the-Loop」に集中していたことです。実際、監視のしやすさという点では、人間よりもAIエージェントに分があります。 人の判断の誤り率を、正確に把握している組織はほとんどないからです。
変革とは、必ずしも企業の規模や成長目標に見合ったスケールで進められるものではありません。変革のインパクトが大きいほど、一歩一歩は小さくあるべきです。
すべてはデータから始まる
ほかの多くの企業と同様、私たちも変革の成否はデータの状態に左右されると認識していました。そこで、データを標準化し、データ同士の意味や関係を整理する「データオントロジー」を構築するという難題に着手しました。幸い、対象となるデータの多くは氏名、住所、職業など比較的形式をそろえやすいものです。まずは成果を積み上げていける領域から着手し、その後も影響範囲を小さく保ちながら進めることを徹底しました。データが多ければ多いほど優れたソリューションに繋がると、対象を広げ続けるのは簡単です。しかし実際には、データが多ければよいというわけではありません。データを盛り込みすぎるほどに、扱いや管理はむずかしくなります。どんなデータを含めるかを決めた後に必要なのは、それ以外をなぜ除外するのかを明確に説明できる姿勢です。
たとえば決済においては、規制当局への報告に必要な情報だけに絞りました。新たなデータ項目の追加希望が出た際には、それが何のために必要なのかを問い、結果として見送ることも少なくありませんでした。APIの構築も、必要なデータを見極める試金石となりました。オントロジーのデータを読み出すAPIをつくり始めたところ、APIがまったく参照しないデータがあることに気づいたのです。そのデータを参照できるAPIを新たにつくる理由がないのなら、そもそもそのデータを含める必要はない、そう結論づけました。
27年までには、当社売上高の70%に関連するデータの標準化が完了する予定です。すでにお客様はMCPサーバーを通じて標準化されたデータにアクセスし、実際の業務で利用できる品質のデータを取得しています。
段階的なモダナイゼーションがもたらす効果
お客様がより柔軟に機能やデータを利用できるようにするには、製品同士が密接に結びついた従来の構成から、共通のデータ基盤とAPIを介して接続する再利用可能なモジュールへ移行する必要がありました。しかし、一度に多くを急いで刷新すれば、技術、チェンジマネジメント、予算、スケジュールなど、さまざまな不確実性が生じます。企業側が構築しようとする新機能を、お客様が望んでいるとも限りません。お客様側にその新機能を受け入れる環境がない場合もありますし、お客様が必要とする機能であったとしても、受け入れるタイミングが合わない場合もあるでしょう。
私たちは機能をひとつずつ刷新し、基盤を全面的に入れ替えるのではなく、アーキテクチャーを通じて段階的にモダナイズする方針を取りました。既存アプリケーションから刷新する機能を選び、新しいプラットフォームへ接続するために必要な仕組みを構築するというものです。そのうえで、古い機能を徐々に廃止していくことで、お客様は旧環境と新環境を併用しながら移行できます。この方法であれば、ゼロから作り直さずとも、長年蓄積してきた知的資産やノウハウを生かせます。
この4年で、既存アプリに含まれる約30の機能をモダナイズし、プラットフォームへ接続するとともに、旧来の技術を段階的に廃止してきました。対象には、レポ取引向けの分散型台帳、顧客受け入れプロセス、国際送金業務の支援機能などが含まれます。現在はすべてのモジュールをグローバルで利用できるようにしており、国際的に事業を展開するお客様にも単一の仕組みで対応できるようになっています。
社内のAIスキルを育む
新たな形でAIを取り入れる中で、社員にも新しいスキルが求められるようになりました。AI活用を社内で定着させるにはどうすればよいか、最初はまったくわかりませんでしたが、経営側から一方的に利用を命じても定着しないことだけは明白でした。
最初に取り組んだのは、お客様への責任とのバランスを保ちつつ、AIフレンドリーな組織になることです。自分が使ってもいない技術をこれが訳に立つのだと人に奨めても、説得力はありません。弊社では、全社員が大規模言語モデル(LLM)を安全に利用し、利用状況を計測・把握できる環境を整えたところ、経営陣も皆、AIを使うようになりました。
また、AI導入時からの、社内のトークン使用量を計測しました。これにより、どのチームがAIを活用しているかをリーダーが把握できるようになり、コストも管理しやすくなりました。現在では社員の70%が、日常的にAIを利用しています。月単位で見ると、AIを利用する社員の割合はほぼ100%に達します。トークンを使っていないように見える社員も、社外で別のAIツールを利用している可能性があります。
取り組み初期から、数多くのイノベーションが生まれました。利用環境を整えてから最初の6ヶ月で、社内で約1,000のAIエージェントが開発されました。会議の文字起こしを作成するエージェントを一般的化する前に開発したほか、過去の事後検証レポートを参照して問題の根本原因を探るエージェントも生まれています。いずれも当初は小規模な個別のプロジェクトでしたが、社内の誰もが利用できるエージェントのライブラリに整理し、活用の土台を築きました。債券の買い手と売り手を過去の取引履歴をもとに結びつけるエージェントなど、一部はお客様にも展開しています。
こうした「小さな一歩の積み重ね」のアプローチが、大きな成果につながっています。現在では、プラットフォーム関連の案件が事業の大きな部分を占めるようになりました。以前は、株式・投資信託・上場投資信託(ETF)向け、債券・米国債向け、海外証券向けの3つのソリューションを使い分けていましたが、現在はひとつのソリューションで対応できるようになっています。また、米国債のレポ取引を支えるデジタル台帳上では、1日当たり3,500億ドルを超える取引が処理されています。金融市場全体から見れば小さなものですが、ほかのブロックチェーン上の取引の取り組みと比べれば大きな規模で、私たちにとっては前進の一歩でした。テクノロジーや組織の変化は、生物の進化という自然現象によく似ています。小さな変化も、時間をかけて積み重なれば大きな変容につながるのです。
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