記事の要約とポイント
デジタル資産とブロックチェーンが金融市場にもたらす変化は、技術革新だけで決まるものではありません。規制やガバナンスによって信頼を築き、流動性と相互運用性を確保できるかどうかが、その成否を左右します。
- 信頼の基盤となるのは、技術ではなく規制とガバナンスである
- ブロックチェーンには、複数の資産をまたぐ決済を効率化し、新たな価値を生み出す可能性がある
- 選択肢を広げながら市場の分断を防ぐには、相互運用性と流動性の確保が不可欠である
金融の世界で「決済」のプロセスが注目を集めることは、なかなかありません。しかし決済プロセスは、実際には毎日何百兆ドルもの取引を支える不可欠な仕組みです。
正常に機能している限り、決済では何も起こりません。決済とはごく簡単にいえば、現金や証券その他の資産の所有権が当事者間で正式に移転する、金融取引の最後の工程です。その重要性は、何か問題が発生するまで意識されることはありません。問題が生じたときはじめて、「当事者全員が信頼できる形で決済できること」がいかに重要かがわかるのです。
近年、トークン化預金やトークン化準備預金、ステーブルコインといったデジタル資産の登場により、何十年も変わらずにいた決済の仕組みが変わろうとしています。適切な形で導入が進めば、市場参加者の選択肢は大きく拡がるでしょう。従来の通貨で従来通りに決済することもできますし、ブロックチェーンなどの分散型台帳技術を活用したデジタル資産を利用することも選べます。
選択肢が増えることは一般的に望ましいことだと考えられますが、選択肢は同時に複雑さももたらします。多くの場合は、何らかのトレードオフも伴います。デジタル資産の普及とブロックチェーン技術の活用拡大は、金融システム全体に影響を及ぼす構造的な変化です。だからこそ、私たちはその利点だけでなく、どのような代償や課題が生じるのかについても慎重に考える必要があります。
デジタル資産とブロックチェーンが本格的に普及すれば、グローバルな決済システムが効率化されることになるかもしれません。一方で、市場の分断や流動性の低下といった、新たな課題を招く可能性もあります。私たちはどのような選択を行い、結果としてどのような複雑性を受け入れるのか。その判断は、金融システムの将来に現実的かつ大きな影響を与えることになるでしょう。
規制があることで信頼が育まれる
イノベーションは、変化のひとつの形にすぎません。そして、変化は常に起こり続けています。規制もまた、それに合わせて進化します。適切に設計された規制があって、法的な確実性や共通のルール、透明なガバナンスが確保されます。責任あるイノベーションにはこれらが欠かせません。広く普及するためには、信頼の基盤が必要なのです。
デジタル金融における革新的技術として注目されるブロックチェーンは、規制がどのように信頼を生み出し、技術の普及を後押しするのかを示すよい例です。ブロックチェーンが登場した当初、注目されたのは、銀行や証券会社といった従来の仲介者を介さずに取引を行えることでした。信頼は組織ではなく、システムの設計や技術そのものによって担保されると考えられていたのです。しかし現実には、技術だけで信頼を築くことには限界がありました。ブロックチェーンの普及が進むにつれ、ガバナンスや規制の重要性が改めて認識されるようになったのです。
これは、ブロックチェーンに「アキレスのかかと」のような致命的欠陥があるということではありません。実際、多くの金融サービスにおいて、ブロックチェーンは有力な選択肢であり続けていますし、より大きなソリューションを構成する重要な要素にもなり得ます。面白いのは、現在ブロックチェーンやデジタル資産の実証実験や導入を主導しているのが、かつてはブロックチェーン取引で不要になると考えられていた銀行や証券会社など、金融の既存プレーヤーであることです。技術に取って替わられるはずだった仲介者たちが、今その技術を活用し、発展させようとしている。なぜこのようなことになったのでしょうか。理由のひとつは、銀行や証券会社が規制や監督の枠組みのもとで事業を行っていることにあります。この枠組み自体が、長年にわたり市場の信頼を育み、維持してきました。ブロックチェーンをはじめとする新しい技術もまた、信頼という基盤の上でこそ、広く社会に受け入れられていくのです。
多様性が生む新たな複雑さ
デジタル資産や、その基盤技術であるブロックチェーンは以前から存在していましたが、これまでは比較的限られた領域で利用されるにとどまっていました。しかし今、金融システムは大きな転換点を迎えています。世界は、複数の資産や決済ネットワークが併存し、さまざまな決済手段が共存する方向へと進みつつあります。実際、現在80を超える国や地域がリアルタイム決済システムを運用しており、その相互接続も進み始めています1。 こうした変化のなかで、企業のリーダーにはこれまで以上に、リスクを正しく理解し、適切な判断を下すための知識が求められています。
資産の種類によって、適した決済の仕組みも異なります。たとえば外国為替(FX)取引では、現在、「PvP(Payment versus Payment)」と呼ばれる方式が広く使われています。これは、片方の通貨の受け渡しが完了した場合にのみ、もう片方の通貨の受け渡しも実行される仕組みです。一方の決済が成立しなければ、もう一方も成立しません。
現時点では、外国為替取引をブロックチェーン上で決済することに、必ずしも明確な優位性があるとは言えません。というのも、PvPはすでに、外国為替取引における最大のリスクである「決済リスク(ヘルシュタット・リスク)」を効果的に抑制しているからです。ブロックチェーンの世界で新たな概念として語られている「アトミック決済」は、取引全体を一括で成立させるか、あるいは成立させないかのどちらかにすることで、取引相手の不履行リスクを防ぐ仕組みです。つまり、本質はPvPと同じです。
もっとも、ブロックチェーンの価値が発揮される場面は別のところにあるかもしれません。たとえば外国為替取引が、株式や債券などを含む、より大きな取引の一部として行われるケースです。株式取引では、有価証券の受け渡しと法定通貨による支払いを正確に同期させる必要があります。こうした複数の資産や決済をひとつの共有台帳の上で管理できれば、決済プロセスは大幅に簡素化される可能性があります。異なるシステム間で情報を照合し続ける手間も減るでしょう。つまり、新しい決済方式が直ちに外国為替市場を変えるわけではないとしても、金融市場全体の相互接続が進むにつれて、こうした新しい決済の仕組みが果たす役割は大きくなっていく可能性があります。
金融市場全体の相互接続が進むにつれて、新しい決済の仕組みが果たす役割は大きくなっていく可能性があります。
広く使われる決済手段になるための条件
選択肢が多ければ多いほどよい、というわけではありません。新しい決済手段は、独自の流動性を必要とするからです。決済手段の選択肢が増えれば増えるほど流動性は分散し、流動性が不足すると決済コストが上昇、処理速度は低下します。極端な場合には、取引そのものが成立しなくなる可能性もあります。だからこそ、異なるシステム同士を結びつける相互運用性と、流動性を効率的に活用する仕組みが重要になります。これらは、新しい決済システムを広く普及させるうえで欠かせない条件です。
実際、複数の決済手段が存在している現在でも、外国為替市場では毎日1兆4,000億ドルを超える取引がPvPを利用せずに決済されています2。PvPを介さない取引には決済リスクを軽減する仕組みがなく、利用者はリスクに直接さらされています。
その理由のひとつは、現在のPvPシステムがすべての通貨の組み合わせをカバーしているわけではないことにあります。たとえば米ドルと人民元(オフショア人民元、CNH)の通貨ペアは世界で3番目に取引量が多いにもかかわらず、現在はグローバル規模でのPvP決済が行われていません。CLSは、従来の決済ネットワークを活用しながら、CNHに対応する新たな仕組みの構築を進めています。一方で、ブロックチェーンを活用したシステムには、既存インフラではカバーできていない市場にもPvPを拡大できる可能性があります。ただしそのためには、市場参加者、システム、そして通貨同士の接続が必要で、技術だけでなく地政学的な要因も考慮する必要が生じます。つまり、外国為替市場が直面する課題は、技術だけで解決できる問題ではないのです。
ブロックチェーンを活用した決済システムも、ほかの決済インフラと同様に、ガバナンスのあり方や法的な枠組み、決済プロセス、さらには紛争や障害が発生した場合の対応について、関係者の合意が必要になります。そのため、外国為替市場では、市場参加者や決済システムの運営主体、中央銀行をはじめとする公的機関が協力しあうことが欠かせません。
新しい決済サービスの開発や普及には時間がかかります。仕組みそのものへの理解はもちろん、リスクやトレードオフの影響を十分に見極めなければならないからです。さらに、こうしたサービスを広く利用できるようにするためには、適切な標準や規制の整備も欠かせません。すぐにすべてを解決する特効薬は存在しないのです。ただし、これまでの経験から言えるのは、基盤が強固であるほどその上に築かれるインフラは、堅牢で効率的で、多くの人が利用できるものになるということです。
企業のリーダーに求められるのは、傍観することでも、新しい技術だからと飛びつくことでもありません。デジタル資産やブロックチェーンを活用した決済モデルは、複数の資産をまたぐ取引を支えたり、システム間のやりとりの効率を高めたり、市場の実際のニーズに応えたりできるでしょう。その可能性については、積極的に検討する価値があります。
注意点は、実証実験や導入をする際は、目的を明確にしリスクを見据えたうえで進めなければならないということです。何より、現在の市場環境を踏まえることが大前提です。少なくとも現時点では、外国為替市場における決済リスクという課題に対して、ブロックチェーンがPvPに代わる決定打になるとは言えません。PvPはすでに、利用可能な市場において効果的に機能しているからです。
本当の課題は、技術そのものではありません。より多くの通貨や取引方法に対応しながら、十分な流動性を維持することです。だからこそ私たちは、変化を一時的な流行やショートカットではなく、長期的に続く進化として捉えるべきなのです。その技術のメリットとトレードオフを理解し、明確な用途がある領域で実験を重ね、信頼と強靱性、そして拡張性を支える基盤を築いていく。そしてその先に、市場の分断や流動性の低下、新たなリスクを招くことなく、利用者の選択肢を広げることを目指すべきなのです。
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