これから 1 年後には、AI の ROI(投資利益率)に関する報告書は様変わりするでしょう。実業界は AIの本当の価値を見出しているはずです。本稿では AIの価値を測るため、ROI を再定義します。
積極姿勢の取締役会もAIの熱烈な推進者も、技術開発者が長らく理解してきた現実をいずれ受け入れざるを得ないでしょう。AIは単なる技術導入ではなく、組織の働き方を変革する取り組みです。AIにXドル投資してYドルの利益を得る、といった単純な測定は、したがって成り立たないのです。
AIの可能性がこの時代の定義となるほど重要であることを、否定しているわけではありません。あらゆる産業でAIプロジェクトに多額の投資が行われ、経営層は高度な業務の可能性や変革の成果を引き出そうと躍起になっています。AIへの積極姿勢は世界中で高まっています。1しかし、支出は急増しているものの、明確で測定可能な投資利益率(ROI)をなかなか示すことができません。『2025年版Kyndryl Readiness Report』によると、トップ企業やIT大手の61%が、AIがROIを高めることを証明するプレッシャーを、これまで以上に感じています。しかし、実際にプラスの利益を得ているのは、そのわずか半数(54%)に過ぎません。
それはなぜか?ほとんどの組織が、AIを誤った視点で見ていることが原因だと、私は考えます。
技術投資は何十年もの間、単純な方程式で測られてきました。ソリューションを導入し、得られた利益を追跡し、それをくり返す機会を探す、というプロセスです。従来のROI は過去を振り返る指標であり、すでに実現した成果を測定します。このアプローチは、個別の製品やサービスには適しています。「新製品を発売してXドルの収益が生まれた」といえるからです。しかしAIには、このようなアプローチでは対応できません。AIの価値は、新しい機能を通じて組織がどれだけ速く学び、適応し、価値を拡大できるかにあります。「AIを使った」ことと「Xドルの利益が出た」ことに、直接の因果関係はありません。AIは利益を直接生むものではないからです。
私はヘルスケア企業の最高技術・製品責任者を務めていますが、AI が製品ではないことを説明するのにかなりの時間を費やしています。AI は確かにこの時代を定義するものではありますが、根本的にはよくあるビジネスツールのひとつに過ぎません。AIの真価は、人間の得意技すなわち、交流、決断、創造に使う時間を与えてくれることにあります。しかしこのような成果は、年次報告書には記載されません。
AIが収益を生まないと言うわけではありません。AIは確かに収益を生みます。しかし、1年後にAI投資のROIを報告しているのは、AIへの投資額と売上成長や収益など従来のROI 指標を直接結びつける企業ではないでしょう。 数字の裏側を読み解き、AIをどう活用すれば人間とデジタルの能力を大規模に最大化できるかを理解している企業です。
AI を適用する4つの視点
AI投資のROIを評価するとき、私は基本を押さえることから始めます。つまり、「解決しようとしているビジネスの問題は何か?」「どんなKPIが関連しているか?」を問うのです。
そのうえで、課題を次の4つの視点から考えます。
- 人間の能力を拡張する:従業員の業務スピードを高め、必要な情報を即座に手に入れられるようにできるか?
- 人間の判断力を強化する:AIを使って情報を迅速に分析し、洞察を導き、人間がよりよい意思決定を下す環境を整えられるか?
- 人間の活動範囲を広げる:AIを活用してセルフサービスや定型業務の自動化を実現し、人間をより価値の高い、きめ細やかな業務に集中させられるか?
- 人間の創造性を刺激する:AIを新しい発想の触媒として活用し、チームが問題を異なる視点から捉え、より迅速にイノベーションを起こせるよう支援できるか?
AIの真価は、人間の得意技すなわち、交流、決断、創造に使う時間を与えてくれることにあります。しかしこのような成果は、年次報告書には記載されません。
AI がアメリカの医療現場にもたらしている価値
私は米国で、バリューベース・ヘルスケア(価値基準型医療)の仕事に携わっており、常に、技術でいかに患者の治療効果を高められるかを考えています。マクロな視点で見ると、この分野は「病気の治療」から「健康管理」へと移行する、新しいモデルを必要としています(このテーマについては、別の機会にくわしく触れたいと思います)。そして医療現場では、患者への個別対応や効果的なケア体験に、スタッフがより多くの時間を割ける環境づくりが切実に求められています。
たとえば医師は、AIツールを患者診療前の準備に利用できます。患者の病歴をさっと見直し、どのような治療アドバイスを提供できるか事前に調べておけるのです。
15分間の遠隔診療を、医師が次々とこなしている場面を想像してみてください。AI は各診療前に、患者の情報を簡潔かつ体系的にまとめ、最新の臨床ガイドラインや関連文献、集団レベルの治療成績と照合して、次段階で検討可能な選択肢を提示することができます。こうしたAIの活用は、医療専門家が長年の経験で培った専門的判断に取って代わるものではなく、それを補強し、質を高めるものです。
このようなアンビエントAI(背景で常時情報を収集・処理し、必要に応じて支援を提供するAI)ツールを導入することで、臨床医はデータ収集に費やす時間を減らし、患者との対話や観察により多くの時間を割けるようになります。その結果、患者体験の向上と健康状態の改善につながります。実際、カリフォルニア州に拠点を置く大手医療機関カイザー・パーマネンテが15ヶ月にわたってこうしたツールを試験導入したところ、医師の文書作成時間が約16,000時間削減されただけでなく、患者とのコミュニケーションが充実し、仕事に対する満足度も向上しました2。
また、AI は人間の業務を補完するスケーラブルなデジタル労働力を生み出し、バックオフィス業務に変革をもたらしています。AI が正確な医療事務、請求提出、支払拒否の予測、自動的な異議申し立て、エラー検出などのルーティンワークを自動化することで、事務負担が減り、財務実績が向上します。予約受付を効果的に改善し、無断キャンセルを最小限に抑えることで、医師の負担のバランスも取りやすくなり、人間ならではの活動、すなわち患者との交流、そして医療効果の改善に集中できるようになる――こうして結果的に人間の価値が高められます。
診察室でもバックオフィスでも、私たちが問うのは、「AIプロジェクトが収益を生み出したかどうか」ではありません。
「すでに事業の原動力となっているKPIをさらに推進するのに、AIがいかに役立ったか」です。医療遵守の目標は達成されたのか、患者のエンゲージメントは高まったのか、そして最終的にAIは質を犠牲にすることなく、キャパシティを拡大できたでしょうか?
こうした成果は、人間の能力を高め、よりよい判断を可能にし、活動範囲を広げ、創造的な問題解決を促すことで生まれます。しかし、これは単なる帰属の問題ではありません。
ガートナー社の調査によれば、AI支出は2026年末までに2兆米ドルを超える予測です3。取締役会、投資家、その他のステークホルダーは、今後も投資をどう評価し説明するのか求めてくるでしょう。ROIを証明せよ、というプレッシャーがなくなることはありません。
ではAIの活用に関するこの考え方を、ROIを示すための別の指標に変換するには、どうすればいいのでしょう?
私は、ROI の「I」の意味を変えれ ばいいのでは、と考えています。
ROI(Return on Intelligence)という考え方
ROIの「I」をInvestment(投資)からIntelligence(知性)に変えてみてはどうでしょう。AI が組織の学習能力、判断力、適応力を高める効果を測定する指標としての「ROI=インテリジェンス利益率」です。
AIシステムによって、組織は時間とともに「賢さ」を増していきます。インテリジェンス利益率は、そのAIシステムが生み出した学習や洞察を評価します。
医師の例に戻りましょう。たとえば処方した治療方針で患者の病状に改善が見られない場合になど、こうした指標は、AI投資によってチームがいかにより迅速かつ的確に意思決定を行えるようになったかを示す証拠となります。この場合、主な評価軸には次のようなものが挙げられます。
- 意思決定の速度:洞察をどれほど素早く行動に移せるか
- 意思決定の質:データに基づく選択の一貫性と正確さがあるか
- 組織の学習:フィードバックによってシステムを継続的に改善できるか
- 業務の俊敏性:予測、人材配置、規模の拡大を効率よくできるか
- エンゲージメント・インテリジェンス:患者が治療を継続し、指示を守るよう促すパーソナライゼーションができているか
- リスク・インテリジェンス:異常や規則違反の早期発見ができているか
AI を活用すれば、医療機関は請求データ、予約情報、電子カルテ(EMR)を取り込む業務分析エンジンを構築できます。これにより、無断キャンセルのリスクや紹介患者の流出、ケアの抜け漏れを特定できます。こうして予測インテリジェンスを構築し、業務や臨床に関する意思決定を継続的に改善できるのです。
従来のROIは、こうしたプログラムのコスト節減や収益を測定するものでした。しかし、インテリジェンス利益率は、収集したデータやフィードバックから、システムがどれほど賢く効率的になったかを測定します。指標の例としては、次のようなものが挙げられます。
- 無断キャンセルの減少率
- 予約スケジュールをどれだけ早く最適化できたか
- 新しいシグナルを用いて毎週モデルを再学習しているかどうか
これらの指標を総合的に見ることで、AIが組織の知識と人間の能力をどのように積み重ね、強化していくかが示されます。
ROI(Return on Interaction)という考え方
AIがいかに患者と医師、そしてデジタルシステムとの間で行う対話の質、頻度、結果を高めるかを測定する指標としては、インタラクションの「I」をとった「ROI =インタラクション利益率」が考えられます。
このROIは、人間とAIの有意義な接触が、エンゲージメント、効率性、満足度をいかに高めるかを測定するものです。
インタラクション利益率は、医療チームが患者との価値の高いやりとりに、どれほど時間を割けるようになったかを示します。はたして従業員は、自分の専門性を最大限に発揮できているでしょうか?たとえば患者治療コーディネーターが、電話で予約変更や医療控除の質問に対応する代わりに、同じ時間を、遠隔診療の障壁となる技術的問題を患者と一緒に解決することに充てられたらどうでしょう。診療時間に価値をプラスできるのではないでしょうか?
主な指標としては、次のようなものが挙げられます。
- エンゲージメント率:患者や臨床医がAIツールと対話する頻度
- 対話の質: 治療への満足度、理解度、遵守度などで測定
- 行動への変換:演習の完了やフォローアップ訪問などの望ましい行動につながるインタラクションの数
- 関係の深さ:長期的な関与や信頼の度合い
AIによる具体的な改善例としては、個別指導によって患者が治療に積極的に参加するようになったり、AIに文書作成を任せることで医師が時間を有効に使えるようになったり、会話型インターフェースによって患者の定着率が向上したり…といったことが挙げられます。最終的に、インタラクション利益率は、AIがあらゆる接点を「つながりと行動変容を促す瞬間」に変えることで、医療の本質である患者との関係を強化することを示します。
たとえば医師は、AI文書作成アシスタントを使って、診察内容を聞き取り、構造化された記録を作成し、患者の背景を要約できます。これによって医師の認知負荷と拘束時間が軽減され、患者との対話に集中できるようになり、診察の正確性と患者への臨在感が向上します。
従来のROIは、医療機関と患者のやりとりが、請求可能な診察やその後の収益につながったかどうかを測定するだけでした。
これに代わり、インタラクション収益率は、臨床的、行動的、運用的に意味のある患者とのタッチポイントごとに生成される価値を測定します。
指標の例としては、次のようなものが挙げられます。
- 患者との実際に会う時間の増加率
- 書類作成時間の短縮率
- 医師の満足度スコアの上昇率
ROI(Return on Impact)という考え方
最後に提案するのが、AIがインテリジェンスやインタラクションを、患者や医療提供者、株主、地域社会にとって意味のある具体的成果にどう変換したか、を測定する指標です。インパクトの「I」をとった「ROI=インパクト利益率」です。コスト削減や効率だけではなく、AIによって医療効果や公平性、システム性能が、どれほど効果的に改善したかを評価しようというものです。
私たちは既存の人的キャパシティを拡大できているでしょうか?患者の診察時間に付加価値を与えられているでしょうか?顧客満足度や定着率の目標に対するパフォーマンスの向上は、AIをサービス提供やその他の業務フローに取り入れたタイミングと一致しているでしょうか?主な「インパクト」としては次のようなものがあります。
- 臨床インパクト:快復率の改善、再入院の減少、ミスの減少
- 人的インパクト:医師の体験改善、燃え尽き症候群の減少、満足度の向上
- 経済インパクト:医療コストの削減、リスクベースのパフォーマンス改善
- 社会インパクト:アクセスの向上、公平性、持続可能性
たとえばAIを活用したリハビリプログラムによって、積極的な治療参加が30%向上し、再受傷率が低下したとすると、それはインパクト利益率を直接高めたことになり、技術がきちんと機能しているだけでなく、よい変化をもたらしていることの証明になります。
インパクト利益率は、自動化の度合いだけでなく、救命件数、ミス予防件数、臨床医が有効に使えた時間、患者との信頼構築などを合わせた、AIの総合的な価値を測定するものです。これは、AIの知性が人間の能力を増幅し、測定可能で永続的な変化を生み出すことを捉えています。
従来のROIは、プロジェクトのコストと、収益や削減されたコストを比較するだけでした。
しかしインパクト利益率は、人々の生活やシステムにおける変化の大きさを測定します。つまり、そのプロジェクトによって健康、アクセス、体験がどれだけ改善されたかを評価するのです。
インパクト利益率は、AIの成熟度を示す究極の指標といえます。インテリジェンスとインタラクションが融合し、測定可能で意味があり、スケーラブルな成果をもたらすときーそれがAIの真価です。
以下3つの利益率で、リーダーがAIの成功を評価する枠組みが再定義できます。
- インタラクション利益率 → 人間と技術の間に、有意義なエンゲージメントが生み出されているか
- インテリジェンス利益率 → データポイントごとに、性能とスピードがアップしているか
- インパクト利益率 → 測定可能な方法で、人々の生活、成果、信頼を向上させているか
インパクト利益率は、自動化の度合いだけでなく、救命件数、ミス予防件数、臨床医が有効に使えた時間、患者との信頼構築などを合わせた、AIの総合的な価値を測定するものです。
AI で目に見える成果を
冒頭と同じ文句で、この記事をしめくくりたいと思います。AIは単なる技術導入ではありません。組織の働き方を変革する取り組みです。いまや株主へのプレゼンにAI導入実績を示したところで、もう賞賛されることはないでしょう。「ツールを持っていること」と、「ツールを活用していること」とは、まったく違うからです。
AIは「組織変革を導く取り組み」です。AIで人間の能力や、判断力を高め、人間の活動範囲を拡大し、創造性を高められるか。こうした成果の総和をもとに、ROIについての議論を見直していけば、大きな成果を生み出せることはほぼ確実と言っていいでしょう。
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