インターネットの誕生からクラウドコンピューティングの爆発的普及に至るまで、主要なデジタル変革の最前線に立ってきた立場から、今、ビジネスリーダーが取るべき選択についてお話しします。
私は、これらの変化の波をただ眺めていただけではありません。実際にその渦中に身を置き、製品を生み、チームを率いながら、各局面を乗り越えてきたのです。そこで学んだことがあります。それは「技術革新に際しては、変わらないと信じていたものを根本から見直す必要がある」ということです。
今日のビジネスリーダーは、私自身もまだ経験したことのない状況で舵取りを迫られています。地政学的分断と混乱、AIの爆発的な進展、そして労働者と企業の間で結ばれていた社会契約の根本的再構築という、3つの巨大な力が同時に押し寄せています。グローバル企業を未知の領域に導く使命を担うリーダーは、業界と社会のあり方に未来まで大きな影響を及ぼす、喫緊の課題に直面し、重大な選択を迫られています。
21ヶ国、24業界の経営幹部3,700人を対象にした調査『2025年版Kyndryl Readiness Report』によれば、こうした数多くの外部リスクや相次ぐ環境変化に対して、備えができていると思っているリーダーはわずか31%にすぎません。回答者の3分の2は地政学的混乱への準備不足を訴え、56%が経済的混乱への懸念を挙げています。
こうした懸念はもっともです。だからこそ、今、小手先の対応で済ませようとしてはいけません。求められているのは、抜本的な見直しです。私は過去の変革で、成功するリーダーも失敗するリーダーも見てきました。その経験から確信を持って言いましょう、今まさに現れつつあるパターンは、警鐘であると同時に大きなチャンスです。
構築には意図的な設計が必要
デジタル経済が誕生し、世界を結びつけてきた時代を含め、グローバル化は80年間にわたって続いてきました。ところが今、私たちが目にしているのは、その崩壊です。影響が及ぶのは、貿易政策やサプライチェーンにとどまらず、デジタルインフラの枠組みを根本的に考え直すことから、あらゆる分野においてビジネス戦略や意思決定を進化させることにまで至ります。地政学的緊張が高まり、各国が主権を強く主張する中、データは国家安全保障、経済的競争力、政治的影響力と密接に結びついた戦略的資産になっています。
規制の枠組みはイノベーションの後追いになることが多く、産業界のデータ主権――データをどこに置き、どう移動させ、誰が管理するのか――を巡るルールは、場当たり的に書き換えられているのが実情です。調査対象のリーダーの70%が政策変化への準備不足を認め、83%が新たな規制が自社のIT意思決定に圧力をかけていると訴え、75%がグローバルインフラに関連する地政学的リスクを懸念していると回答しています。
この局面で思い出すのが、クラウド黎明期です。クラウド移行の対応には、「してはいけないこと」の典型例があります。CEOの70%が、自社のクラウド環境は意図的に設計されたものでなく、結果的にできあがったものだと認めています。私はAWSアメリカ地域事業オペレーション統合担当として、顧客企業がクラウド導入に向けて業務変革を行うのを支援していたとき、まさにこの状況を目の当たりにしました。企業はいずれも「クラウド移行」に躍起になるあまり、人材確保やガバナンス、長期的な影響といった根本的な課題を置き去りにしていました。スピード、そして多くの場合、コスト削減を最適化するだけで、組織としての取り組みを再構想することはなかったのです。
苦戦したのは、クラウド移行やインフラの転換を単なる技術的課題と捉え、クラウドプロバイダー任せにした企業でした。一方、成功した企業は、競争優位性を生み出すには、自社のオペレーティングモデルを根本から変革する必要があると理解していました。彼らが問いかけていたのは「今持っているものを置き換える方法」ではなく、「自社のオペレーティングモデル全体を再構想する方法」でした。
地政学的な複雑性が増大し、GDPR(EU 一般データ保護規則)や各国データ法、新しい地域要件といったデータ規制環境が世界的に進化する中でも、基本は同じです。インフラに関する意思決定は戦略的意思決定であり、決定は意図を持って下されなければならないのです。功するのは「以前は不可能だった何が、今なら可能になるのか」を問う企業です。
リーダーにとっての第一の分岐点をまとめましょう。データレジデンシー、クラウドアーキテクチャ、AI 導入のいずれを検討する場合でも、なりゆきではなく、設計によって構築することです。そして、基盤に柔軟性とレジリエンスを組み込むのです。
インフラに関する意思決定は戦略的意思決定であり、決定は意図を持って下されなければならないのです。
最適化では不十分 価値創出の方法を再構想せよ
リーダーが直面する第二の分岐点は、AI導入への向き合い方です。ここでも、これまでの技術革新でくり返されてきたパターンが見られます。率直に言って、ほとんどの組織がここで行き詰まります。eコマースが台頭した際、数多くの企業が「デジタルカタログ」を展開しました。しかし、それは既存の店舗商品をただオンラインに並べただけでした。彼らが行ったのは、既存モデルの最適化にすぎません。しかし、eコマースで真に求められていたのは、取引全体の再構想です。Amazonが実現したのは、本のスピーディーな配送だけではありません。事業を再構想し、結果として画期的な商品検索、顧客一人ひとりに合わせるパーソナライゼーション、評価方法などを編み出したのです。
モバイル革命でも、同様のパターンがくり返されました。成功した組織は、単にウェブサイトをスマートフォン対応させただけではありません。顧客エンゲージメントを根本から再構想したのです。Trust Digital(2010年にMcAfeeが買収)は、スマートフォンが普及し始めた頃、政府機関やグローバル2000企業に向けて、エンタープライズモビリティ管理ソリューションを構築していました。変革志向の企業は「テクノロジーが常に顧客の手元にある。すると何ができるようになるのか」を追究したのです。
今日の変革でも、求められているのは抜本的な見直しです。しかも、その影響はこれまでの比ではありません。AI市場は2031年までに1兆ドル規模を突破すると予測されています1。 キンドリルの調査によれば、過去1年だけでも3分の1のリーダーがAI投資を11~25%、4分の1超が26~50%増やしています。悪しき慣習は、こういうところによく顔を出します。AI投資でROIがプラスだったと回答した企業経営者が54%に達する一方で、72%が実際に拡張可能な範囲を超えたPoC(概念実証)を開始したと回答、6割近いAIプロジェクトがPoC後に頓挫しています。多くの組織が「PoCの罠」に陥っています。つまり、拡張できない実験を数多く実施し、実質的には成果に結びつかない「イノベーションの演出」に終わってしまうのです。
成功する組織は、テクノロジーを現状最適化のためだけに使うのではありません。Netflixがエンターテインメントへのアクセスを再構想し、Uberが都市交通を再構想したように、可能性そのものを再構想するのです。
この変革マインドセットが機能するには、意図を持った取り組みが不可欠です。「責任あるAI」の考え方は、そのための枠組みを提供します。それは、文化、人材、プロセス、テクノロジーを統合した運営モデルであり、メリットを最大化しつつ、リスクを最小化します。私はクラウド移行の現場を率いた経験から断言できます。こうした基盤を整備しないままAIを導入すれば、企業は過去と同じ過ちをくり返し、無秩序で無計画、拡張困難でなりゆきまかせの結果を招いてしまいます。
「PoC の罠」を回避した実践例を挙げましょう。アメリカ地域責任者だった私は、顧客に単一のクラウドアプリケーションを試させるような支援はしませんでした。最初から、運用基盤全体の整備に取り組んだのです。その中には、ガバナンスの枠組み構築、統合パターンの更新、クラウドネイティブ手法に関するチーム教育、監視機能の整備が含まれます。ワークロードを移行する頃には、拡張可能なインフラも優秀な人材も揃っていました。私は変革管理とスキルアップ教育に投資するように後押しし、社員が自身で経験しつつ、CoE(センターオブエクセレンス)がクラウドのベストプラクティスの定着を牽引する体制を整えたのです。
企業経営者への私の助言は、明確です。AIを技術課題として扱うのをやめ、価値を創出する方法を根本から変える機会として捉えることです。次のPoCを立ち上げる前に自問してください。「以前は不可能だった何が、今なら可能になるのか」「どんな新しい価値を創出できるのか」。そして、AIのライフサイクル全体にわたって、安全性、セキュリティ、公平性、透明性、包摂性へのコミットメントを明確に示す原則を確立するのです。導入後ではありません。規制に迫られてからでもありません。今です。
以前は不可能だった何が、今なら可能になるのか?どんな新しい価値が創出できるのか?
人を巻き込む変革こそ成功の条件
第三の分岐点は、最も人間に関わる領域であり、おそらく私の経験が最も活きる部分です。ウォルマートのダグ・マクミロンCEO は最近、「AI は文字どおりあらゆる仕事を変えるだろう」と予測し、話題を呼びました2。これは彼だけの見解ではありません。『2025年版 Kyndryl Readiness Report』によれば、リーダーの87%が、AIによって今後12ヶ月以内に役割や職責に大きな変化が生じると見ています。スタートアップは資金調達額を増やしながらも、採用人数は減らしています3。
私は、数々の主要な技術転換の局面でチームを率いてきた経験から、成否を左右するのはテクノロジーそのものではないと知っています。では何が結果を決めるのでしょうか。文化、そしてリーダーシップです。端的にいえば、リーダーが従業員をいかに巻き込むかが、変革の成否を分けます。データは私の経験と一致しています。CEOの半数が、従業員の動きが遅すぎると回答し、48% が文化がイノベーションを阻害していると指摘しています。非技術系社員のうち毎週AIを使用しているのは、わずか43%にすぎません。一方、適応性の高い企業文化を持つ組織は、IT 導入準備が整っていると報告する確率が22ポイント高く、AI投資のROIがプラスとなる確率は15ポイント高くなっています。
私が主導した変革は、何が違ったのかを見ていきましょう。
徹底的な透明性:混乱を最小限に抑えるため、変化を隠そうとする組織も目にしてきました。しかし、それではうまくいきません。人が最も恐れるのは、自分が関与できないまま進められる変化です。成功を収めた変革は、常に率直な対話から始まりました。「何が変わりつつあるのか、何がまだわからないのか、そしてそれをどう一緒に解決していくのか」を、まず示すのです。
意図的なインクルージョン:多様な視点は「あれば望ましいもの」ではありません。問題に最も近い人ほど、機会をいち早く見出します。そうした視点こそが、変化の兆しを先回りして捉える力になります。現在、私が仕事でお付き合いしているリーダー世代の方々には(少数派としての背景を持つ人が少なくありません)、「イノベーションには人的犠牲が伴う」という前提を拒否する人が一定数います。彼らは「テクノロジーは人類の最も高い理想を実現するためにある」と考えています。これこそが私たちに必要なマインドセットです。
人間の能力の拡張:学び、適応し、テクノロジーの役割について批判的に考える術を従業員が身につけていれば、どのような変化の波も乗り越えられます。過去の産業革命の多くは、人間の身体能力を代替するものでした(たとえば、手作業による馬車整備から、自動車の組立ライン生産への移行)。AI は人間の認知能力を対象とする点で異なりますが、歴史が示すのは、技術革新が常に仕事の性質を変えてきたという事実です。適切にかつ責任をもって導入されれば、AIは社会的に不利な立場に置かれた人々や地域の機会均等を促し、かつて解決不可能と思われていた課題に挑み、ブレークスルーを加速させる力となります。
目先の利益にとらわれない視点
現代のCEOは、企業の運営や日々の業務管理をするだけではありません。株価の動向に神経をとがらせ、ステークホルダーの対応に追われるだけでもありません。CEOは、歴史的な変革期を、組織とともに乗り越える舵取り役です。その意思決定によって、今後数十年にわたる信頼、テクノロジー、そして働き方の輪郭が決まるのです。
では、CEOは変革にどう備えるべきでしょうか。これまでのあらゆる主要な変革の波を乗り越えてきた経験から、私が断言できることがあります。準備とは、未来を予測することではありません。継続的に再構想できる筋力を組織につけさせることです。
では、具体的にはどうすればいいのでしょうか。
- パターン認識力を育てる 過去のテクノロジーの波に、自社がどう向き合ってきたのかを振り返りましょう。牽引したのか、追随したのか。最適化にとどまったのか、それとも再構想に踏み込んだのか。何が成功を導き、何が抵抗を引き起こしたでしょうか。
- 意図的な包摂の文化を醸成する 最大の価値を生み出す波は、機会を集中させるだけではなく、拡大します。通信、小売流通、コンピューター利用、インフラなど、これまでの技術革新の波は、ごく一部に限定されていたものを広く行き渡らせてきました。AIは、能力を民主化する力を持っています――私たちが民主化を望むかぎり。
- なりゆきではなく、設計によって構築する データアーキテクチャ、AI導入、労働力の変革、いずれにしても、AI活用をなりゆきに任せてはなりません。
- 過去の失敗から学ぶ SNSが教えてくれたのは、人間の行動を変えるテクノロジーには予測不可能な結果が伴うことでした。そういったテクノロジーは、つながりを生む一方で分断も生み、声を民主化すると同時に、新たな権力集中を招きました。AIと向き合う今、問わなければなりません――責任あるイノベーションとは何か、私たちはこれまで何を学び、今学んでいるのかを。
テクノロジー変革の最前線で約30年を過ごしてきた私が信じるのは、最高のテクノロジーの変革とは、私たち自身が意図的に、包摂的に、責任を持って築くものであるということです。その未来は保証されているわけではありませんが、実現は十分可能です。AIは壁を作るのではなく、橋を架ける手段になり得ます。選択するのは、私たちです。
決断のときはすでに訪れています。今日のリーダーに問われているのは、単なる最適化ではなく、再構想をする覚悟があるか、です。
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