顧客体験は“予測”で進化する:AI時代の価値創造戦略
パーソナライゼーションは、長らくカスタマーサービスの究極の目標とされてきました。しかし、AIが急速に発展した今、顧客体験の個別最適化はもはや前提条件に過ぎません。今、企業に求められているのは、「顧客体験(CX)の変革」です。
「パーソナライゼーション」とは、製品やサービス、メッセージなどを個人の嗜好に合わせて提供することですが、今や、その精度を高めるだけでは不十分です。真にパーソナルな“生きた”顧客体験を、人とテクノロジーがいかに協働して生み出すか、根本からの再構築が求められるフェーズが訪れています。
ガートナー社の調査によると、カスタマーサービスの80%が2029年までにAIを介したリアルタイム対応へと移行し1、 2023年の4倍に達すると予測されています。さらに2030年までには、カスタマーサービスの50%が、AIが予測に基づいて能動的に開始するものになると見込まれています。2
こうした予測型の顧客対応ーすなわちAIエージェントが顧客とコンピューターとの継続的な対話をうまく調整し 、提案を行う仕組みーをいかに活用するかが、次世代のCXにおいてブランドへの信頼と愛着を築く鍵となります。それを実現するには、経営層が「価値創造」や「変革推進」、さらには「体験設計」に対する認識を根本から転換できるかどうかが、問われることとなるでしょう。
AI時代のブランド戦略:CXの再設計とは
「予測型のアプローチ」は、パーソナライゼーションが当たり前となった現在、次なる顧客体験の向上を目指す手法として、業界を問わず企業経営者の注目を集めています。実際、ある調査では、経営幹部の70%が「顧客が求める体験の水準に、自社の対応が追いついていない」と回答しています。 3
時代は急速に、お客様がウェブサイト、アプリ、電話対応、店舗などあらゆる接点で同一の同じAIペルソナと継続的にやりとりし、こうした一貫性のある体験から親しみと信頼が生まれゆく、 という新たなリアリティへ急速に近づいています。さらにマルチモーダルAI(テキスト、音声、画像、センサーデータ)の進化が、お客様の背景情報(位置情報、気分、デバイスの使用状況などの行動履歴や環境情報)を複合的に分析し、お客様の状況に応じた対応を可能とします。
アドバイザリー企業のフォレスター社によると、グローバルブランドの72%が、リアルタイムで顧客の行動に合わせた体験を提供する「CX協奏プラットフォーム(エクスペリエンス・オーケストレーション・プラットフォーム) 」に投資しており、今後、予測型の顧客対応が大きく成長していくことがうかがえます。より深く豊かな顧客情報を企業が取得できるようになるにつれ、課題となってくるのが、その情報をどう活用しROIにつなげるかでしょう。
AIがもたらす価値は流動的で、価値の創出には長期的なビジョンと戦略が必要です。技術が日々進化する中では、3〜5年の固定的な事業計画よりも、柔軟性を持ったロードマップの方が望ましいといえるでしょう。
顧客中心の変革を進める上で企業が有利な立場に立つには、「ブランド主導のアプローチ」と「インフラ基盤からの構築」の両面の意識が必要です。CXの高度化には、リアルタイムの意思決定と複雑な分析を支える統合データインフラが欠かせません。柔軟な対応を妨げる技術的負債(過去のシステム設計や開発の蓄積による制約)や、データのサイロ化(部門ごとに情報が分断され、全社的な活用が困難な状態)も解消しておく必要があります。そして、AIが学習するために十分な企業の独自データが不可欠です。最先端のAIモデルも、読み込めるデータがあってはじめて、価値を発揮します。
「ブランド主導のアプローチ」では、AIなどの知能化されたシステムがCXを設計することになります。AIが主体となることで、ブランドのイメージや語り口に思いがけない影響が生じ、ブランドの世界観とのずれが生じてしまう可能性もあります。企業はこうした新たなリスクをあらかじめ想定し、ブランドの一貫性を保つための管理方法を考えなければなりません。
消費者がブランドに対して抱く印象は、そのブランドと接した実際の体験によって形づくられます。AI主導の時代においては、企業が顧客体験を思い通りにコントロールすることがより一層むずかしくなっていきます。これまでのパーソナライゼーションは、企業が設計し管理する環境下で、顧客に合わせた情報やサービスを提供するというものでした。しかしAI主導のもとでは、顧客との関係性そのものが大きく変わります。企業は、顧客の行動や状況を先回りして捉え、より広く継続的な体験を提供する必要があります。つまりCX設計は、これまでの「事後的で限定的な対応」から、「予測的で包括的な顧客体験の設計」へと変化していくのです。
なぜAI導入は失敗するのか ─ 変革の本質は“人”にある
AIの試験導入は、90〜95%が失敗に終わるといわれています。 原因は、「導入とは何か」がまず理解されていないこと、そしてAIの導入を実現するために必要な変化の過小評価にあります。
『2025年版Kyndryl Readiness Report 』(将来のリスクや技術変革に企業がどれだけ備えられているかを評価するレポート)によると、回答企業の62%がまだAIの実証段階にあり、72%は導入してみたものの効果が測りきれていないと述べています。
なぜAI導入は、試験段階で停滞してしまうのでしょう。原因はひとつではありません。企業がPoC(概念実証)から本格的な運用へと進めない理由は多岐にわたりますが、よくあるケースは「正しいリーダーシップの欠如」です。AI導入に関しては経営者が推進役となるべきで、成否は全社的な巻き込みができるかどうかにかかっています。
組織全体の意識改革と変革推進は、企業のAI導入にとって補助的な要素ではありません。成功を左右する、変革の要(かなめ)です。今後の自律的な働き方に合わせた、KPI、チーム構成、業務モデル、報酬体系など業務に関わるすべての再設計が必要なのです。
前述の『2025年版Kyndryl Readiness Report』によれば、経営幹部の29%が「人材不足」を障壁のひとつとして挙げています。人材についていえば、履歴書にある経験年数やスキルよりも、その人のマインドセットが大切です。ポイントは柔軟性、常に学び続ける姿勢、そして今後3〜5年で過去に経験したことのない仕事上の変化が起こることへのを理解があるかどうかです。人材管理においても、AIエージェントを一員として含むチームマネジメントが必要となること、AIをうまく使いこなせるかどうかがコアスキルとして問われることなどの認識が必要となるでしょう。
これからのチェンジマネジメントは、「一度きりの取り組み」ではなく「常時運用され、管理されるもの」です。AIは反復的な定型業務を代替することはできますが、人間の専門性や共感力、そして実体験をAIに置き換えることはできません。特に品質を左右する最終的な微調整の局面では、人間の目が不可欠です。
AI導入は実験と全社実装の2つの視点で
企業がAI導入において「PoC止まり」に陥るリスクを回避するには、「二重の変革アプローチ」の採用が有効です。これは、従来の業務フローや技術的制約にとらわれずAIの可能性を試行する「変革フェーズ」と、全社的に価値あるイノベーションとして展開可能かを評価する「業務フェーズ」の2段階で構成されます。
変革フェーズでは:
- 既存の業務プロセスや組織的制約の外で、AI導入試験を行う
- 実験的な環境でアイデアを自由に試し、検証する
- AIが革新的なブレイクスルーを起こせるか見定める
業務フェーズでは:
- 縦割りではなく、部署横断的に効果を示せるか検証する
- AIによるイノベーションが、日々の業務や中核的な業務プロセスに適合できるものか確認する
- AIによるイノベーションが、全社に展開可能なものか判断する
製薬会社の部門にたとえれば、「変革フェーズ」は新薬を開発するラボの役割、「業務フェーズ」は新薬を社会に届ける生産・流通部門の役割です。「変革フェーズ」でブレイクスルーを見つけ出し、「業務フェーズ」でその価値が全社に展開できるものか検証する。AI導入には、実験と実装の両輪のプロセスが不可欠でなのです。
AIエージェントによるCX変革の鍵は信頼構築
消費者は、自らの行動をAIエージェントに代替させることに、ますます抵抗を感じなくなっています。今や、AIは単一ブランド内での買い物に活用されるだけではありません。さまざまなチャネルを通じ複数のブランドから商品を探すといった、より複雑な消費行動においても、AIが積極的に利用されるようになっています。人々は「何を買いたいか」から「どこで何を買うか」、そして最終的な意思決定に至るまで、すべてをAIエージェントに委ねるようになっていくでしょう。これは、モバイルアプリが私たちのデバイスとの関係性や経済圏を劇的に変えたとき以上の、顧客体験を根本から変える技術革新であるといえます。
AIが新しい状況に柔軟に適応し、単なる自動化を超えて「顧客体験の共創者」となるためには、AIに「素早く学び、学んだことを必要に応じて忘れる能力」を搭載する必要があります。顧客と企業の関係は、「顧客が注文し、企業が届ける」というやり取りから、「顧客と企業の間に合意があることを前提とした協働関係」へと進化します。その中では「意思決定がいつどのように行われるか」が明確である、すなわち消費が偏りなくわかりやすく行われ、キャンセルしたいときにはいつでも取り消しができるように設計されていることが、顧客との信頼構築において重要な鍵となります。
実際、消費者に対して積極的に関与する企業は、受動的な対応にとどまる企業と比べて、顧客満足度が29%高い、という調査結果もあります。 ただしこれを実現するには、パーソナライゼーション、体験、プライバシーそれぞれの観点から、お客様に継続的に満足いただくシステムを確保する必要があります。
CXは企業の責任のもとで、データ保護に準拠した形でスムーズに提供されなければなりません。そのために有効なのが「プログレッシブ・ディスクロージャー(段階的な情報開示)」の考え方です。これは、初回利用時には必要最低限のデータのみを求め、利用を重ねるごとに顧客プロファイルを蓄積し、体験を強化していく、というアプローチです。お客様がいつでも自らの意思で選択を変更できるようにしておくことも、信頼構築において重要です。お客様が開示したデータがどのような体験価値を生むのかを明確に示すことで、やりとりに透明性が生まれるのです。
勝機は、最初から最後までシームレスな顧客ジャーニーを設計することにあります。AIはそこに介入するのではなく、CXを静かに下支えする存在です。
AI活用の量ではなく質がCXを決める
日本で「お客様は神様です」というように、欧米の経営層も多くが「The customer is always right(お客様は常に正しい)」を重要視します。その考えは今も、カスタマーサービスにおいて重要で、従業員のお客様とのやりとりに反映されるよう、それが組織全体に行き渡ることが大切だと考えられています。しかし、このお客様ファーストの考えを、エージェンティックAIシステムにどう取り入れるかまで十分に考えている経営者は、まだ少ないでしょう。
私たちは、ChatGPTに聞いてみました。AIエージェントは「お客様は常に正しい」と思っていますか、と。答えは、「AIエージェントは人間と同じ意味で『思っている』わけではありません。しかし、企業の要望に合わせ、その原則に沿って行動するようAIエージェントをプログラムしたり学習させたりすることは可能です」というものでした。
ではどのように、AIに「お客様ファースト」を体現させるのか。企業はAIの登場により、かつてないほど多くの成果を生み出していますが、成果の量がそのまま企業の価値となるわけではありません。高いROIを得るには、「AIによって得られた新たな生産性を、どうやって絶え間ない変化への対応に活かし、組織全体の進化に役立てるか」を考慮した運用設計が肝要です。パーソナライゼーションから体験の変革へのシフトは、ブランドと顧客の関わり方を根本から覆します。その中で企業のAI導入に重要なのは「どれだけ導入したか」ではなく、「どう活用するか」です。AIがブランド独自の体験をどれだけ包括的かつ柔軟にできるかが、CX変革の成否を左右します。つまりAIは、単なるツールとして使うのでは勿体ない。AIはブランド価値を高める体験設計の中核として活かされることで初めて、企業にとっての“ゲームチェンジャー”、“スーパーパワー”となるのです。
- Gartner Predicts Agentic AI Will Autonomously Resolve 80% of Common Customer Service Issues Without…
- Top Customer Service Predictions in 2025
- The loyalty illusion: Why companies think they’re winning when customers are walking away
- Predictions 2024: Customer Experience
- MIT Finds 95% Of GenAI Pilots Fail Because Companies Avoid Friction
- Five trends shaping customer expectation
Have questions or want to learn more?