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イノベーションをどのように捉え、優先し、実践に持ち込むか―。そのあり方が国や制度によって大きく異なることを、私は米国、欧州、中東、アジアのさまざまな地域でコンサルティング業務を経験する中で目の当たりにしてきました。

 米国では、破壊的イノベーションを成功させた個人が英雄と讃えられます。新たなビッグ・アイデアは強力な推進力にもなり得ますが、輝かしすぎて、組織全体で取り組むべきものだという意識が薄れてしまうこともあります。対照的に、日本には協調性や一貫性を重んじる企業が多く、イノベーションよりも、効率向上などの経営課題のほうが優先されがちです。

 日米両国でのコンサルティング経験を通じて、私はこのような傾向を目の当たりにしてきました。よく思考トレーニングとして、経営幹部の方を現場にお連れし、クライアントを注意深く観察して気づいたことを書き留めてもらうようにしています。すると米国人マネージャーには、自身の思考が先走り、十分な観察する前にそそくさとソリューションを設計し始める人が多い。一方、日本人は、観察やデータ収集には丁寧かつ着実に取り組みますが、新たなアイデアを生み出す段階になると引っ込み思案になる傾向があります。

 私には3人の息子がいますが、米国、フランス、日本それぞれの学校教育においても、同じような傾向が見られました。日本の学校では、他者と協力する力や、チームに貢献する姿勢が評価されます。一方、フランスの教師は、個人の思考力や成績、つまり生徒がクラスの中でどれだけ際立っているかに注目します。米国では、自己表現や積極性、発言力、そしてその子ならではの個性を評価します。子どもたちが転校するたびに、社会で大切にされる価値観とは、そうやって早期から培われるものなのだと、身をもって理解しました。

 この経験は私自身の仕事にも、大切な気づきを与えてくれました。観察・評価のあり方や思考の癖は、いずれも社会や文化の中で後天的に見につけられたものです。つまり、それをまた変えていくことも可能だということです。出発点が環境によって決まっていたとしても、結果までが確定しているわけではありません。

 実際、これまで私が接してきた「分をわきまえた優秀なリーダー」は、置かれた環境の強みと弱みをともによく理解し、それに応じてイノベーションを生み出し続ける能力を有していました。したがって私は、「イノベーション」という言葉を「単発の成果を指し示す“名詞”」ではなく、「継続的に発揮され、企業全体にわたって実践される能力」という意味で“動詞”として捉えたいと考えています。すると、焦点を置くべき場所が明確になります。重要なのは、個別のアイデアではありません。企業が新たな価値創出を生み出せるかどうか、それを左右するのは、企業の意思決定とそのプロセス、そして企業内における対話のあり方です。

言葉によって新しい考えを導く

 新規アイデアの創出、展開がうまくいかない環境では、その環境自体がイノベーションの障壁となります。そのような状況において、マネジメントツールとして力を発揮するのが「言葉」です。

 以前、日本の企業・リクルートと仕事をさせていただきました。同社では従業員の企画を、いかに顧客にとって価値があり、ビジネスとして成立する提案へと落とし込むか、その手法を模索していました。私の提案はシンプルでした。誰かが提案を持ってきたら、3つの同じ質問を、同じ順番で行うこと。「その提案がなぜ相手先に刺さるのか」、「相手先にとっての価値はいくらか」、「我々にとっての価値はいくらか」の3問です。

 重要なのは、質問の順番です。最初の質問は、イノベーションを顧客価値に結びつけます。続く2つの質問で、企画がビジネスとして成立するかを見極めます。つまり、相手先はどの程度の対価を支払うことになるのか、そしてその企画の実現のためには、自社で発生するコストがいくらになるのかを明らかにするのです。

 数ヶ月後に私が同社を再訪したところ、あるマネージャーから、「順序を守ってこの3つの質問を聞くようにした結果、企画提案者自身が、質問に答えられるよう提案を最初から深く練ってくるようになった」という報告をいただけました。シンプルなメッセージングや問いかけの手法が、働き方だけでなく思考そのものを変えた、ひとつの実例です。

 こういった”言葉遣いの工夫”は軽視されがちですが、イノベーションや変化は、経営陣が定めたコーポレートメッセージだけで促せるものではありません。日々の小さな実践を評価し、さらに促すような言葉によって、築かれてゆくものなのです。

「わが社はこう」という固定観念を捨てる

 組織が自らイノベーションの可能性を狭めてしまっていることがあります。その背景には、自ら定めた業界の枠に縛られていることがよくあります。それはつまり、ビジネスの境界を固定的なものとみなし、現在のビジネスモデルを事業そのものの限界と捉えてしまっていることです。

 だからこそビジネスモデルの変革は、視点の再構築、すなわち枠を設定し直すこと(リフレーミング)から始まります。組織変革を左右するのは、経営陣が「わが社の真の能力とはなにか」「誰が本当の顧客なのか」「わが社は本当はなんの事業をしているのか」を何度も問い直せる力です。あなたの会社は誰のために仕事をしていますか?なんのビジネスでどんな勝負をしているのでしょうか?

 上記のことから私は、CEOの職務は「チーフ・リフレーミング(視点の再構築)・オフィサー(CRO)」であるとよくお話ししています。

 CROの役割には、哲学的な側面があります。CROは組織の言語を定めます。社員はそのスローガンやコーポレートメッセ―ジを通して、自社の成長や価値、可能性を理解します。しかしCROは同時に、極めて実務的な側面も担っています。リフレーミングによって、企業がどこに機会を見出せるか、どのようなビジネスモデルを検討するかが決まるからです。

 トルコの製造企業コルドサは、古くからタイヤ向け補強材のメーカーとして知られていました。長年にわたりタイヤ業界だけを対象に、汎用製品のサプライヤーとして価格で勝負していました。しかし、経営陣が交代し、当時のCTOがCEOに就任した際、同社は新たな問いを探り始めました。「わが社はタイヤ以外の何で勝負できるのか」と。

 単一業界・単一製品カテゴリーに自らを当てはめるのをやめ、自社にできることを問うてみたことで、新たな市場とビジネスモデルが視野に入ってきました。現在コルドサは、建設、エレクトロニクス、さらには航空宇宙工学にまで事業を拡大しています。中核事業を捨てたのではなく、枠組みを広げて功を奏したのです。

 現在、コルドサは自らを「強化者(The Reinforcer)」と呼ぶブランディングをしています。

”言葉遣いの工夫”は軽視されがちですが、イノベーションや変化は、経営陣が定めたコーポレートメッセージだけで促せるものではありません。日々の小さな実践を評価し、さらに促すような言葉によって、築かれてゆくものなのです。

健全な競争で意欲を引き出す

 企業の活動は大きく2つに分けて考えられると、私はよく説明しています。

 ひとつは、日々の業務をまわすこと。予算や目標の管理、品質維持、製品やサービスの提供など、企業を機能させ、存続させるための活動です。もうひとつは、イノベーションを生み出すこと。新しいアイデアを生み、それを人材やリソースにつなげ、最終的には前進する力へと変えていく活動です。端的にいえば、前者は今日の成果を守り、後者は明日の可能性を広げます。

 多くの企業が犯す過ちは、後者を前者の論理で動かそうとすることです。つまりイノベーションを、予測可能な時間軸で予測可能な目標を達成し、明確で測れるものと捉えてしまうことです。それで結局何をするかといえば「イノベーション劇場」。現在はAI関連のものが多く開かれていますが、カンファレンスや講演会など、目を引くが持続的な変化をもたらすことのないイベントをただ開催するだけです。資金が投じられるのは、こういった、企業のミッションや戦略との明確な結びつきがない、「場当たり的」あるいは「流行追随型」の単発プロジェクトにばかりです。

 解決の鍵は、中間管理職が、イノベーションへの理想と、それを実行に移す橋渡しをする役割を果たすことです。具体的には、新しい取り組みができる余地をつくり、現場担当者の仕事をきちんと評価し、試行の時間を確保しながら、有望なアイデアを必要な人材や予算と結びつけ前進できるようにサポートします。

 さまざまな地域で仕事をしてきた中で得た教訓のひとつは、励ましやインセンティブに対する反応は一様ではないということでした。何が意欲を引き出し、行動を促すのかは、環境によって異なります。報奨金や昇格、表彰制度などによる外発的動機づけを重視する企業もありますが、実際には、イノベーションに取り組む裁量が与えられることや、アイデアが社内共有されること、そしてその努力が認められることの方が、社員の誇りやモチベーションにつながるということも少なくありません。

 シリコンバレーでは「許可を求めるな、あとで許しを請え」とよく言われますが、私はこれには頷けずにいます。もし組織が本当に従業員にイノベーションの裁量を与えているのであれば、そもそも許しを請う必要などないはずです。何が人を動かすのかを長年観察してきて、私がたどり着いた結論はシンプルです。勢いを生み出すのに、目に見える成功に勝るものはありません。もっとシンプルにいえば、他人にやきもちを焼かせることが重要です。

 こうした取り組みは、シンプルで効果的です。たとえば、ドイツの保険会社アリアンツでは、スポーツの順位表のようなランキングを導入しました。生産性や効率ではなく、イノベーションにおいて成果を挙げた部門の、中間管理職を発表するものです。

 この取り組みによって、シンプルながらも強い社会的な力が働くようになりました。誰も、自分の名前がランキングの最下位にあるのは見たくありません。上位ランクに入ればボーナスなど金銭的報酬が得られるわけではありませんでしたが、人からどう見られるかが大きな動機づけとなりました。イノベーションは可視化され、議論され、そして成果を真似しあうようになり、それぞれの部署で何を変える努力をしたのか、マネージャー同士が話し合うようになりました。

 イノベーションは徐々に、そして確実に、片手間で進めるものではなく、マネジメントにおける正当な責任として捉えられるようになっていきました。

イノベーションが生まれる環境をつくる

 国や文化にかかわらず、新しい企業と仕事を始めるとき、必ず最初に伺う簡単な質問があります。そのひとつは、「思いついたアイデアを、まず誰に見せますか?」です。

 イノベーションに本気で取り組む企業の社員からは、上司または担当部署、人事、あるいは規定の申請プロセスなどと、具体的な答えが返ってきます。一方、社員がこの質問にはっきり答えられない企業では、イノベーションがただのスローガンにとどまってしまっていることがほとんどです。

 現場社員がイノベーションに意味のある形で取り組めるようにするためには、ガバナンスの枠組みを設けることが必要です。そのあり方は業界や国、企業構造によって、社内研修を行う、部門横断型のフォーラムを構築する、社内スタートアップがアイデア開発を支援する体制をとるなど、さまざまです。

 たとえばドイツの化学・医薬品企業バイエルでは、経営陣が社内にイノベーションネットワークを立ち上げました。シニア・イノベーション・アンバサダーを任命し、幅広い分野でイノベーションコーチを育成するとともに、社員が課題を投稿し、組織全体から解決策を募るプラットフォームも整備しました。この取り組みによって、技術や科学にとどまらない領域にもイノベーションの光が当たるようになりました。たとえばマーケティングのあり方や、治療だけでなく予防、さらには製品だけでなくサービスやソリューションといった分野にも及んでいます。

 バイエルの取り組みで最も興味深いのは、優れたアイデアの多くが、課題を抱えている部門の外から生まれてきたことです。分散型のイノベーションが実際に機能すると、こうしたことが起こります。自分の所属部署の業務改善にとどまらず、組織全体に目を向け、成長や変革の機会を見出せるようになるのです。

 こういったときにはじめて、イノベーションは真の意味で「みんなの仕事」になるのです。

テクノロジーは変わるが、価値創造の原理は変わらない

 企業リーダーは、数年ごとに新たなテクノロジーの登場に直面し、それでイノベーションのあり方が根本的に変わると考えてきました。現在はもちろん、AI。その前はクラウド、さらにその前は、広義のエンタープライズソフトウェアがそれでした。

 しかしテクノロジーが変われど、イノベーションの中核にある目的は変わりません目の前の顧客に、価値を生み出すことです。変化の激しい中にあっても、成長と競争優位に至る道筋は変わりませんし、その前に立ちはだかる障害は変わらないのです。

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