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「AIを導入するだけでは十分に活用できない」「AIの成果は、与えるデータの質に左右される」という認識が、最近ようやく社会全体に広がり始めました。多くの人が日常的にAIを使うようになり、現場の実感として腑に落ちてきたのでしょう。

AI導入はゴールではありません。保険でいえば支払い、見積もり、営業といった価値提供の中核が、データによってどう再設計されるのかが本題です。「人・物・金」に加えてデータも経営資源である——これは日本IBM代表取締役社長の山口明夫氏の言葉ですが、AI導入が加速し変革が進む中でこれから企業に問われるのは、自社の状態をファクトとして捉え、次の一手を考えられるようにするための、データの扱い方です。

 データが実際に示していること、データというファクトに基づいて意思決定し経営していくことを「データドリブン経営」と私は呼んでいます。それは、データ基盤の刷新や高度なダッシュボード設計、先進的なAIツールの導入だけで実現するものではありません。経営層も現場社員も皆がデータを信頼たり得るものと捉え、それを前提とした意思決定ができるようになってはじめて、データに基づいた経営が実現します。

 そのために揃えるべき、3つの要件があります。第一は、データが安心してAIに活用させられる状態に整えられていること。第二に、使いやすいツールと業務フローが設計・実装され、データやAIが日常業務の流れに自然に取り込まれた環境。第三に、データという客観的事実を生かした行動変容が推奨され、実施されている企業カルチャーです。

データの民主化からスタートしたデジタル変革

 データの質の重要性については、私が2021年に損保ジャパンへ入社し、新設されたDX推進部に加わった頃から言及し続けてきました。デジタル変革に着手するにあたりまず取り組んだのが、デジタルに関する悩みがあれば誰でも気軽に相談できる場として、毎週1時間設けた「明子の部屋」です。実際にそこで現場の声を聞いてみると、デジタル化で何を実現したいかという話は出てくるものの、データについて語られることはほとんどありませんでした。

 そこで、入社から半年後の10月、データ分析を専門に担うデータCoE(Center of Excellence)を立ち上げました。商品組成などで日常的にデータを扱ってきた人材に加わってもらい、「データの民主化」を進め始めたのです。

 まずは2,000万人以上のお客様データを、社員ひとりひとりが日々の業務で使える形に整えました。社長を含む全社員が同じデータベースを共有し、「SJ-Rダッシュボード」を通じて、自部門と全社の比較やギャップ分析ができるようにしています。それまでは部門ごとに、手元の表計算でデータを管理しており、全国の拠点の中での立ち位置はおろか、隣の部署との差もわかりませんでした。そこで、データを「見える化」し、定量的な比較から実践評価して、方向性の正しさをファクトで議論できるツールを導入したわけです。データから見える事実に基づいて経営を進めていこうという「データドリブン経営」の始まりでした。

 比較可能性を高めることは、ときに痛みを伴います。成績や状態が相対化され、他者から指摘され得るようになることに、取り組み初期には反発もありました。しかし実際に導入してみると、「わかりやすくなった」という声が多数上がりました。各部署でサイロ化していたデータが、共通のダッシュボードで全社的に把握できるようになり、判断や議論を共通言語で行えるようになったのです。

データ活用のKPI設定

 重要なのは、データが民主化されたその先です。次に必要となるのは、データを見て「では、どう動くか」を社員ひとりひとりが考える力です。問いが立てられるようになると、「この判断をするには、このデータが足りない」という不足が言語化できます。するとデータ整備が進み、次の改善につながっていく。データの透明性を高めることは、このように、組織の“問いの立て方”を鍛えるきっかけとなります。

 ですから、ダッシュボードをつくって終わりではありません。次のステップは、数字を「眺めるだけ」にせず、業務の中でどう使えるかを探ることです。その一例が、当社で現在進めている品質管理のプロジェクトです。コールセンターでの問い合わせや支払い時の応対などで伺うお客様の声を、単なる件数ではなく「直すべき論点」として抽出し、改善アクションにつなげる運用を組み込もうとしています。

 もうひとつの活用例が、「営業変革」です。ダッシュボードで把握できる自社データに、社外データも組み合わせながら、営業活動の見直しにつなげていきます。たとえば、外部ベンダーデータの活用は、いわば“できる営業”の個人技になりがちでした。それを個人の資質に任せている限り、会社としての底上げは起きません。ある一定以上のレベルの営業活動については、本社が支援し、成果につながるやり方を広げていく必要があります。

 外部データは、こうした取り組みの中で「補正」の役割も担います。保険会社が直接見られるのは、自社のお客様がどんな年代で、どんな特約を選んでいるかといったデータに限られ、市場全体の“正解”をそのまま観測することはできません。だからこそ、まず自社のファクトを押さえたうえで、公開情報や外部データと照らし合わせ、どこにバイアスがありそうか、どの領域で取りこぼしが起きていそうかを見立てていきます。入札・調達の公開データのような外部の一覧情報と、自社の実績とを突合することで、「どのくらい取りにいけているか」を客観的に把握できるケースもあります。

 ここで重要なのが、「外部データを使うこと」自体をKPIにするのではなく、営業の成果にきちんとつながっているかを業務KPIとして見ることです。数値だけから評価するのではなく、担当役員やマネジメントがデータと現場の活動を行き来し、営業活動に変容は起きたのか、実績につながったのかを観察していく必要があります。データがあることで議論は具体化しますが、意思決定と実行を動かすのはあくまで人です。

 AI導入に関しても、ここを見落としている人が非常に多い。私は日本AIセーフティ・インスティテュート(AISI)の所長を務めていますが、政府の議論の中でたびたび、AIに関するKPIに「国民のAI使用率」を据えようという考え方に接しました。しかし、利用率を指標にしても、AIによってGDPを押し上げたいのか、労働生産性を高めたいのかといった目的が定まらなければ、導入の意味は見えてきません。大切なのは「ユースケースを磨き上げること」です。確固たる目的と具体的なユースケースが定まっていれば、想定されるリターンが見え、投資額やROI、さらには安全性にどこまでコストをかけるかも判断できるようになります。ところがその初段階の、AIによって何を実現したいのかが考えられていないケースが多々あります。

 たとえば弊社の「たてものスマート見積もり」は、事故や災害で損壊した建物の損壊部位をスマートフォンアプリで撮影すると、AIが解析し自動で修理見積りを算定するサービスです。平均2週間かかっていた保険金算出が約1時間に短縮され、被害に苦しむお客様が元の生活に戻るための資金となる保険金を、より早くお支払いできるようになりました。導入の際、お客様の利便性を考慮したことはもちろんですが、サービスの利用率向上に加え、現場負担を3割程度軽減するという業務KPIを設定し、人手不足の中、いかに他の仕事への労働力充填や少人数での運営といった効率化につなげるかにも着目しました。すべてが達成できたわけではありませんが、こうした目的まで最初に設計しておくことで、改善点も投資判断も見えやすくなると思います。

データの透明性を高めることは、このように、組織の“問いの立て方”を鍛えるきっかけとなります。

データマネジメントがAIの精度を高める

 近年、新技術への投資は活発になってきました。しかし、AIの安全性を担保するための投資については、十分に理解されているとはいえないのが実情です。データドリブン経営に不可欠な「安心して使えるデータ」は、品質、アクセス性、ガバナンスを、攻めと守りのバランスの中で整備していく必要があります。

 SOMPOホールディングスでは26年1月から、国内グループ会社の社員約30,000人を対象に、AIエージェントツールを導入しました。AIによって業務効率化と生産性向上を最大化するだけでなく、全社員がAIを日常の「強力な相棒」として使いこなすことで、ビジネスモデル変革までを強力に推し進めていこうという動きです。

 チーフ・データ・オフィサーとしてここで気になるのが、もちろん「データ」です。当面は、人が精査して「渡してよい」と判断したデータだけをAIに見せる運用としています。AI推進側からは「それでは効果が出ない」と不満が出がちですが、AI経由のデータ漏洩は絶対に避けなければなりません。そもそも「どのデータが外に出てはいけないのか」が明確に判断できないような状況下では、不用意な事故が起こるべくして起こります。

 そこで私たちが進めているのが「データマネジメント」です。法令遵守のニュアンスが強い“ガバナンス”ではなく、実務としての管理に引き寄せた呼び方を採用しています。

 具体的には、秘匿すべき個人情報を含む契約や支払いデータを、誰もがアクセスできる統計情報へと加工していく際に、誰がどのソースから、どんな目的で、誰に使わせるために、どうやってつくったのかといった情報をラベル(データリネージュ)として付与していきます。これらは検索・参照できる「データカタログ」の形で一元的に管理されます。

 弊社では「データマネジメントガイドライン」と呼ぶルールに沿って整備を進めていますが、データはこうして整えられることで、AIに対して質のよいものとなります。たとえば保険の支払い可否の判断では約款を参照しますが、AIが契約番号に紐づく「正しい約款」へ即時に到達できなければ、10年前の約款をもとに誤った回答をしてしまうかもしれません。精度のいい結果は、整備されたデータがあってはじめて得られるのです。

 

AIによる意思決定のかじ取りは、人間がデータを用いて行う

     安全性を考慮しないで最先端の技術を使うだけでは、いざ問題が起きた時にシステムを止めざるを得ません。そのような状況を避けるためには、走りながら守る設計、すなわち Safety by Design が欠かせません。AISIが発行する「CAIOガイドブック」では、CAIO(チーフAIオフィサー)やチーフデジタルオフィサーの役割として、AIによるイノベーション、つまり攻めの姿勢と、当初から安全性を組み込む設計を両立させることの重要性を提起しています。企業には、「常に安全を考える体制」と、それに投資できる仕組みをあらかじめ備えておくことが求められるのです。

 AIの性能が何で決まっていくかというと、やはりデータです。つまり、意思決定にAIが関与するようになれば、その判断は、どのデータを使いどの基準を与えたかによって、形づくられるということです。だからこそ、前述のデータカタログ管理をはじめ、方向性を人間が主体的にドライブする設計が欠かせません。データ主権は国家レベルの話だけではなく、企業にとっても「判断基準を他者がつくったAIに委ねてよいのか」という問題として立ち上がります。保険会社でいえば、保険金の支払いにAIを用いる場合、自社の過去データと長年培ってきた自社の支払い基準を、きちんとAIに反映させていくことが不可欠です。そのためにはAIの安全性が何かという定義を、組織内でしっかり考えておく必要があります。何を物差しとするかをきちんと決めたうえで、その安全性に基づいてどのデータをAIに学習・参照させるかという設計が重要なのです。

 そして定めた方向へと組織を動かしていくには、「納得できる未来像」を社員と共有することです。AIやデータの話は、どうしても専門的になります。その結果、「正しく説明しているのに理解されない」状態が起きやすい。理解されない正しさは、実装されないリスクです。そこで、最初はあえて細部を語らず、これによって現場の仕事がどう変わるのか、どんな景色になるのか、お客様にどのような価値をもたらせるようになるのかを、イメージで掴んでもらう。つまり、「こう変わる」という印象を共有することが重要で、正確な説明をするのはそのあと、ということなのだと思います。私自身もまだ道半ばですが、変革は“正しさ”より先に、“納得できる未来像”から動き始めるのだと思います。

 

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