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多国籍企業の多くが、いまだAIを大規模活用できずにいるのはなぜでしょうか?オンライン検索が辿った進化は、その理由を探るヒントになります。

少し前までは、検索とは単純明快なもので、ワイシャツを探すにはただ「白いワイシャツ」と入力するだけでした。

  しかし今、検索語句の長さは、英語で平均15〜20語と伸びています。検索ワードのほかに、目的や好み、利用シーンといった文脈を含めて入力することが一般的になりました。ワイシャツでいえば、「白ワイシャツ、細身、ボタンダウンの襟、ブランドA、ブランドB、ブランドC、翌日受け取り」といった具合です。

  皆が説明過剰になったわけではありません。 AIが微妙なニュアンスを読み解いてくれることに慣れてしまったからです。なにが欲しいのかを大まかに伝えれば、AIがぴったりの情報をくれる──そうした体験が当たり前になるにつれ、システムに対するユーザーの期待は引き上げられました。今や、「私が何を必要としているのか」を理解することは、デジタルシステムに求められる最低条件です。エージェンティックAIの登場により、理解するだけでなく、人に代わって行動することまで期待されるようになりました。

  企業のIT活用においては特に、この変化は、これまで当たり前とされてきたパワーバランスを揺るがすような問題となります。

  この数十年、企業ITにおいての大胆な変革は、経営の準備が整ったタイミングで進められてきました。戦略部門が優先順位を定め、変革推進部門が新技術導入を統括し、数年単位の計画でその工程を管理する。現場はその計画に従うほかありませんでした。

 しかしAIは、多くの経営層が想定するよりも早く実用化し、IT変革のあり方を根底から揺るがしました。企業がいかに戦略にAIを組み込むかを検討するその間に、AIは待ったなしのスピードでどんどん進化を遂げてしまいます。これまで企業ITで当たり前とされてきたことが、もはや通用しません。世界中の誰もがスマホでAIを使えるようになったおかげで、AIは「経営が仕掛ける大胆な一手」ではなく「経営が突きつけられる大胆な変革」になりました。にもかかわらず、自社の人材がAIに対応できる能力をすでに備えていると考える経営層は、3割未満です。1

  AI導入による混乱や圧力を感じているのは、経営幹部だけではありません。よかれと思って導入されたAIが、まともな研修プログラムも何のための導入なのかの説明もないままに、現場に展開されるケースがあります。AIが業務の一部を代替したときに、それでも従業員の価値は守られるのだと、きちんと説明しない企業すらあります。

  中央からのAI導入は、どうしてうまくいかないのか。それは、自身のキャリアへの不安を抱えつつも、お客様からの期待や業務上の摩擦、そして現実的な制約を日々肌で感じているのが、現場社員だからです。AIに何をさせれば、生産性や顧客満足度、その他重要な指標を押し上げられるのか、一番よくわかるのは、現場です。

  いま重要になりつつあるのは、AIの完成度ではなく、組織の中でどれだけ広く使われているかです。そこに追いつくためには、「AIによる競争優位は中央ではなく、現場から生まれる」という発想を、経営が受け入れる必要があります。

なぜ中央主導の変革は追いつかなくなったのか

   従来の企業ITのモデルは、「安定性」を前提に成り立ってきました。課題を定義し、システムを設計し、それを全社に展開する──こうした進め方です。しかしAIは、この前提を少なくとも4つの点で揺るがしています。

消費者としての期待が、企業システムより速く変化している
  多くの社員が、私用のスマホや端末で、高速で対話的なマルチモーダルAIを日常的に使っています。ところが業務では、申請や問い合わせ管理で、複数の画面や手続きを行き来しなければならない企業システムと向き合わなければなりません。職場のシステムは、プライベートで利用する消費者向けAIと違って、推論したり、要約したり、文脈を理解したりしてくれません。この体験の落差が、業務上の摩擦やストレスを生みます。

AIの進化が、企業の計画サイクルを上回っている 

  AIのモデルやアーキテクチャは、2、3ヶ月ごとに新しいものが登場します。かつて仮想化やクラウド化で行ってきた、数年単位の導入計画は、もはや時代遅れです。3年がかりのロードマップでは、3ヶ月単位で進化するAIの能力に追いつけません。一度決めたITの構成を、3、4年は固定するという前提も、もはや現実的ではありません。実際この1年で、企業の関心は「どのモデルを選ぶか」から「プラットフォームをどう整理するか」へ、さらには「複雑な業務プロセスを自動化するエージェント型ワークフローの展開」へと移り変わってきました。変化のサイクルは年単位ではなく、四半期単位で進んでおり、従来のIT計画の時間軸を大きく上回っています。

日常業務に潜む小さな摩擦は、現場でしか見えない 

  中央の戦略部門は、業務プロセスをモデル化し、ワークフローを設計することはできます。しかし、日常業務の中で生じる滞りや無駄などの摩擦を実感し、理解する術が、現場から離れた彼らにあるでしょうか。AIの活用は、消費者の期待と企業システムの限界がぶつかる地点で、大きな価値を発揮できる可能性があります。そこで起きている摩擦は、経営層や変革推進チームの目に入りにくい一方で、顧客やシステムと向き合っている現場の社員は、毎日それを目の当たりにしています。

データ主権への要求が、新たな制約を生む

  欧州をはじめとする地域では、企業に対して次のような要件が求められるようになっています。

  • 国ごとに分離されたエンドポイント
  • 域内でのデータ処理
  • データの保存場所を管理する仕組み
  • モデルの出力を統制する明確な方針

  これらの要件は、任意のものではありません。対象地域の経営が、データ主権の重要性を強く認識し始めていることは明らかです。実際、経営層の41%が、少なくとも一部のデータをオンプレミス環境に戻しています。地政学的な不安定さは、この動きをさらに加速させるでしょう。データ主権の要件は、グローバルなガバナンスと、現場での迅速な取り組みとの間にギャップを生みます。AIをどこで動かせるのか、どのデータにアクセスできるのか、エージェントに何を任せられるのか──これらはすべて、主権の枠組みによって左右されます。その枠組みに十分対応したインフラがなければ、現場のチームは、たとえ思想や改善意欲があっても、安全に試行錯誤することができません。

誰もが手元にAIを携えるようになったこと、そして世界的な競争市場がもたらす変化により、AIの導入はリーダーシップを発揮するための大胆な一手となっている。

企業のAI活用を、別の視点でとらえ直す

  このような状況において、技術主導のイノベーションモデルは、発想そのものから転換する必要があります。AIによる競争優位は、中央から現場ではなく、現場から内側へと広がっていく形で生まれるべきです。そのための考え方は、次の通りです。

現場の人材を主役にする

  アイデアを持つのは、企業ではなく人です。いま最もスピード感をもって前進している企業は、現場で働くひとりひとりにツールを渡している企業です。優れた発想は、巨大な企業システムを構築した結果として生まれるのではありません。その時点での顧客ニーズを最もよく理解している現場の人々に、ツールを行き渡らせることによってこそ、経済的な価値が生まれます。エージェンティックAIの仕組みやガードレール、ガバナンスを組み合わせれば、必要な統制を中央で確保しつつ、イノベーションそのものは現場で進めることができます。CIOやCTO、事業部門のトップに逐一立ち戻らなくても、現場主導の取り組みを可能にできるのです。 アイデアを思いつくことと、それを形にすることの間には、これまで大きな隔たりがありました。エージェンティックAIが登場する以前は、アイデアを実現しようと思ったら、そのアイデアで想定されるユースケースを盛り込んだ企画書をまとめ、提出しなければなりませんでした。コストや効果の面で説得力があれば、実現に向かうこともありましたが、提案途中で立ち消えとなってしまうことも少なくなかったでしょう。

  しかし現在は、組織内の誰もが、ポリシーに沿って安全に企業データへアクセスできる、ガバナンスの効いたAIツールを使えるようになっています。社員ひとりひとりが、プラットフォーム上で自らのアイデアを試行錯誤しながら開発を進め、イノベーションを生み出せる時代になったのです。

  成功事例のひとつとして、ある小売企業の取り組みを紹介しましょう。この企業では、在庫表と入荷リストを取り込み、商品を取り置き希望していた顧客に、入荷を知らせるメールを自動的に送信する仕組みを、本社ではなくいち店舗で構築しました。やったことは非常にシンプルです。2つのデータシートを結合し、連絡が必要な顧客を自動的に割り出せるようにしただけでした。注目すべきは、この仕組みをつくったのが、高度なシステム連携の知識を持たない2人の現場社員だったということです。彼らはAIに「この2つのシートをまとめて、リストにある人たちにメールを作れますか?」というプロンプトを入力しただけでした。IT部門はまったく介在していません。結果として、顧客対応の質と満足度は向上しました。成功の要因は、この企業が、従業員がアイデアを自ら形にできる環境を整えていたことにあったと、のちの検証で示されています。

グローバルなガバナンス基盤をまず整える

  AIは戦略そのものではなく、あくまで戦略を加速させる手段です。私は「AI戦略」を掲げるチームに出会うたびに、少し不安を覚えます。経営に求められるのは、「企業戦略や国家戦略を正しく理解したうえで、AIをその中でどのように加速装置や能力強化の手段として使うか」を考えることです。そのために重要なのが、各地域の規制に確実に対応できる「グローバルなガバナンス基盤」を整えることです。


技術をどう受け入れるかを、先に設計する

  企業から最もよく聞かれるのは、「まず何から始めるべきか」です。答えは常に同じです。最初に取り組むべきは、規制対応とガバナンスです。安全で、守られた形でAIを使える状態を整えることが、出発点になります。その次に必要なのが、ナレッジマネジメント基盤の整備です。企業内に散在するあらゆるシステムやデータを束ね、誰もがアクセスでき、実務に役立てられる形にすることが、AI活用の土台になります。


今こそ、行動を

   今やエージェンティックAIも、第2のフェーズに入りつつあります。AIイノベーションを起点とした経済成長は、これから本格的に加速するでしょう。改めて強調したいのは、今するべきことは技術の成熟度を巡る議論ではなく、導入と活用の議論だということです。

  勝てるのは、AIへのアクセスを一部の専門家に限定せず、全社員へと民主化できる組織です。単なる生産性向上の話ではありません。全社のシステムに分散するデータへ適切にアクセスできる環境を整え、社員が十分な情報に基づき、根拠を明確にしたロジカルな意思決定を行い、高い自律性をもって仕事を進められるようにすることが、その本質です。組織としてのセキュリティガードを維持したうえでの話であることは、言うまでもありません。

  優れたデジタル体験がどのようなものか、社員はもう知っています。お客様がどこでつまずくのかも、現場で見て知っています。行動の準備は整っています。問われているのは、リーダーがその一歩を許容できるかどうか、ということです。

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