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 兼ねてから、テクノロジーの変化に不確実性はつきものでした。

しかしAIの時代でこれまでと違うのは、不確実性が複数の次元で同時に広がっていることです。

 そもそもテクノロジーとは不確実なものです。機能がどのように進化していくのか、どのツールが全社展開に耐える成熟度に達しているのか、どうすれば社員がそれらを使いこなせるようになるのか――どれをとっても不確実です。何をもってAIが導入できているといえるのかも、はっきりと定義されていません。個々の企業レベルの問題ではなく、世の中全体としての共通認識がない。社員が実際にAIを利用しているかどうか、企業がAIにどの程度投資しているかについては、数多くの調査・報告があります。しかし、企業が「AIをどれだけ深く広く活用できているのか」の評価手法は、現状確立されていません。

 規制もまた、不確実なものです。テクノロジーへの信頼確保とイノベーション促進を両立させながら、AIのリスクにどう対処すべきか。各国政府は難しい判断を迫られています。

 地政学的な不確実性も、常につきまといます。国境を越えて事業を展開する企業にとって、いまグローバルな舞台で起きている変化は、デジタル主権や国境を越えたデータの扱い、さらには当たり前のものとして使用している基盤技術へのアクセスをめぐる前提を塗り替えつつあります。1

 こうした多次元的な不確実性こそが、エンタープライズレベルでのAI導入における最大の障壁となっている、というのが私の見解です。この状況を乗り越えるうえで鍵となるのは、不確実性の捉え方です。不確実性を立ち止まる理由にするのではなく、それをどう管理し、どう向き合っていくかを、企業の中核的な戦略の一部として位置づけることが重要です。

しなやかに適応するガバナンスの構築

 テクノロジーと共に進化し、規制や地政学的な環境の変動にも柔軟に対応できる内部ガバナンスを構築することは、組織がAI導入をさらに前進させるための有効な道筋となります。

 EU AI法(EU AI Act)をめぐるこれまでの紆余曲折が示しているのは、AI規制が一直線に進むものではない、ということです。2AIとその影響に対する理解が深まる中で、EUをはじめ世界各地の規制当局は、テクノロジーへの信頼をどう確保し、同時にイノベーションをどう促進するのか、バランスを模索しています。

 多くの規制案は、市民や企業によるデータや情報へのアクセスとともに、データ保護にも焦点を当てています。企業におけるデータの保存や処理、管理のあり方が、各国・地域の法制度に照らして適切かどうかは、これまで以上に厳しく検討されています。

 複数の国や法制度にまたがって事業を展開する組織にとって、今やデータは内部ガバナンスに関して最も重要な論点のひとつです。実務的には、データがどこに存在するのか、どのような種類のデータを保有しているのか、そしてどこに把握できていない部分があるのかを明確にすることが必要となっています。

 これを実現するには、データの棚卸しが必要です。すなわち、これまでのITに関する判断を振り返り、現在のデータの整備状況を評価することです。ほとんどの企業にとって、これはクラウド戦略を厳しく見直すことも意味します。実際、リーダーの75%が、グローバルなクラウド環境にデータを保存・管理することについて、地政学的リスクによる懸念が高まっていると回答しています。さらにCEOの70%が、現在のクラウド環境は意図をもった設計によって構築されたものではなく、場当たり的な拡張の積み重ねで形成されてきたと認めており、この点も状況を一層複雑にしています。3

 このような状況では、あらゆるデータやシステムを自国内に引き戻そうとする傾向が生まれがちですが、拙速なデータ戦略はリスクを伴います。

 データガバナンスの枠組みを再評価する際、リーダーは規制のよしあしを判断するのと同様に、内部ポリシーを次のような観点から見直すとよいでしょう。

  • ガバナンスは、必要なリスクには十分に対応できるものであるべき一方で、過度に利用や取り組みを縛るものであってはならない。全面的な禁止を設けるのではなく、実際に想定されるリスクを見極め、それを防ぐことに重点を置くべき。
  • 的確に対象を絞る。すべてを一度にカバーしようとするのではなく、実際に対処が必要な部分や高リスク領域に重点を置く。
  • 業界または自社の実際のAIユースケースに合わせる。たとえば、銀行には銀行特有のニーズや高リスクのユースケースがあり、リスクやプロトコルが異なるバイオ医薬品研究企業に同じような適用はできない。
  • 枠組みを常に進化するものとして捉え、テクノロジーや規制環境の変化に応じて継続的に見直す。ガバナンスは一度定めて終わりにせず、継続的に更新されるものとして扱う。

 ガバナンス戦略の有効性を評価するにあたっては、組織全体でデータの品質や利用状況を把握し、データが信頼でき、活用しやすく、適切に管理されているかを確認することが重要です。たとえば、機密データへの不正アクセスや、漏えいに関するインシデントの件数は、ひとつの判断材料となります。高品質なデータが活用されていない 理由を精査することや、AI、プライバシー、セキュリティに関するガバナンスが組織全体でどの程度一貫して実践されているかを確認することも、評価の観点となるでしょう。

AIが「使える」ことと「活用できている」ことは違う

 AIのスケールにおける第2のハードルは、社員のAI活用です。

 今や多くの企業において、AIツールが社内で広く使えるようになっています。社員にはそれらを使い、試しながら、自分なりの使い方を見出すことが奨励されています。しかし、AIにアクセスができるというだけでは、価値は生まれません。「ただアクセスできる」ことと「有効活用している」ことの間にあるギャップは、ビジネスリーダーや経営層が重視すべきポイントです。

 社員がAIを使いこなせるよう計画的に取り組まなければ、AI導入は断片的なままにとどまります。前進するチームがある一方で停滞するチームも生まれ、結果として組織は複数の速度で動くことになり、安定した成果を継続的に生み出しにくくなります。

 企業内AI活用の可視性の問題が、この課題をさらに複雑にしています。明確な指針や体系的なAI活用のための指導がなければ、社員は承認されていないツール、いわゆる「シャドーAI」に頼るようになります。4

 AIツールを有効活用しようとする従業員の熱意の表れともとれますが、組織としては、AIがどのように使われているのかを全体として把握しにくくなります。企業のIT環境にはセキュリティやプライバシーの仕組みが組み込まれているものですが、然るべき環境に統合されていないAIツールに業務データが入力されれば、機密データ(顧客情報、独自戦略、財務情報など)の漏洩につながるリスクがあります。

 解決策は、未承認のAIツールの利用を取り締まることでも、全社研修を行うことでもありません。求められるのは、職務に基づいたAIの使い方導入です。

 職務によって、どんなAI活用が効果的かは異なります。同じAIを使っていても、その活用法は、ソフトウェア開発、リスク分析、マーケティング、カスタマーサービス、それぞれの業務によって異なります。プロンプトの設計、ワークフローへの組み込み、AIの出力をどの時点で採用し、どの時点で人による判断で上書きするのかの判断などはすべて、文脈に大きく依存するプロセスであり、スキルです。

 多くの企業が十分に投資できていないのが、この領域です。重要なのは、新たなAI人材の獲得ではなく、既存人材が日常業務にAIを有効活用できるように支援することです。たとえば、契約管理をAIによって効果的に活用できるよう担当部署でトレーニングを行えば、実務上の大きな成果につながります。つまりはAIに契約書のレビューや要約を行わせ、担当者が注目すべき点を抽出し、通常の対応ではカバーできないところを明確に提示させられれば、丸一日かかっていた同作業を数分に短縮できるのです。

多次元的な不確実性こそが、エンタープライズレベルでのAI導入における最大の障壁となっています。

測るべきは自社にとって意味のある指標

 社員がAIを使いこなせるようになったかを見極めるには、成果の測定が不可欠です。

 KPIは自社の状況に応じて策定されるべきものですが、広く共通する指標がひとつあります。それは「導入度」です。単に社員がAIツールを使っているかどうかではなく、どの程度深く活用しているかを示すものです。経営層のみがAIを活用している、あるいは利用が表層的で断続的にとどまっている組織は、投資価値を十分に引き出せているとはいえません。目指すべきは、組織全体の日常のワークフローにAIが組み込まれた状態です。これはAIの利用状況、ワークフローへの統合度、そして最終的にはビジネスへの影響から測定できます。

 ただし導入度だけでは、十分に進度は測れません。AIのパフォーマンス指標を、企業がすでに追跡している既存の指標と結びつけることによって、判断はより確かなものになります。問うべきは「AIがどう機能しているか」ではなく、「重要視される成果にAIが具体的にどのように貢献したか、その貢献度は測定できるものなのか」です。

 具体的な形は、業界ごとに異なります。製造業であれば、AIによって製品開発のスピードがどれだけ向上したか、市場の変化への対応力が高まったかといった点が、判断材料になるでしょう。金融機関であれば、融資審査のスピードが短縮できたか、賃倒率が下がったか、あるいは信用分析が顧客と企業の双方にとってよりよい結果を生んでいるかといった観点が考えられます。これらはいずれも新しいものではありません。既存のビジネス目標に対するAIの貢献を可視化し、説明可能な形にしようというものです。

 完璧な測定の枠組みをいちから構築したいという意気込みは理解できますが、多くの場合、それは逆効果となります。ミッションや事業に直結するよう焦点を絞ったKPI設定は、さまざまな指標を広く俯瞰するダッシュボードよりも、リーダーに多くの示唆を与えます。

 規制、テクノロジー、地政学的な環境が急速に変化する中で、組織が競争力とアジリティを維持するには、柔軟な枠組みのガバナンスでリスクを管理し、AIへの信頼を構築することが重要です。そのうえで、ビジネス成果に直結する形で社員のスキル開発を進めることが、組織の対応力を高めます。

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