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FinTechは、競争と技術革新が交わる最前線であり、地政学的な情勢が金融の主導権を左右する場として日々進化し続けています。この最前線で勝ち残るには、リスクを管理しつつ、その利点を失わずに活かし続けるための戦略が必要です。

かつて規制当局にいた頃、「FinTechとは何か」と聞かれた際に、私は少し意地悪く「ただの『金融』ですよ」と答えていました。ですが、今やテクノロジーを使いこなせない金融機関に、本当の競争優位はありません。

FinTechは、競争と技術革新が交わる最前線であり、地政学的な情勢が金融の主導権を左右する場として日々進化し続けています。

私はキャリアを通じて、テクノロジーと国家安全保障が交差する場所で仕事をしてきました。化学兵器に備える陸軍将校として、時には決済の革新を後押しする規制当局として、最先端のテクノロジーが同盟国にも敵対国にも競争優位をもたらす様子を目の当たりにしてきました。

これらの経験から得た教訓は次の通りです。『新しいテクノロジーの可能性をいち早く見抜き、賢く使いこなした者が勝つ。躊躇して出遅れるか、安全策なしに流行に飛びついた者は、取り残され、悪用され、最悪の場合は存続そのものが危うくなる。』現に、顧客データを分析に活かす企業は、そうでない企業より19倍も利益を出しています。イノベーションが根付いる組織は、デジタル化でも成功しています。1。事実、Kodak2、Blockbuster3、Blackberry4、Pets.com5は、時代の変化に適応できず消え、Theranos6やFTX7は、ガバナンスを欠いたまま突き進んだ末に崩壊しました。

かつての開拓時代と違い、今は「参加するかどうか」を選べる状況ではありません。私たちはすでに、仕事のやり取りも、事業運営も、デジタル環境抜きには成り立たない世界にいます。デジタル資産においては、何が財産で、何が手段で、何がサービスなのか、その定義すら変わりつつあるのです。

テクノロジーに精通していることは、もはや選択肢ではなく必須条件です。

そのリスクは、計り知れないほど大きいと言えます。FinTechの収益は従来型銀行の3倍の速さで伸びており、新興市場を含めて爆発的に広がっています。8BRICS諸国は米国主導の金融システムから脱却しようと、独自の金融ルートを模索しています。その結果、米ドルが世界の外貨準備に占める割合は1994年以来の最低水準まで落ち込みました。9私自身、リスクの変化やデジタル攻撃に備えられなかった企業が、知的財産も機密データも資産も、数百万~数十億単位で失うのを見てきました。世界規模でのイノベーションは、もはや避けられない状況なのです。

財務責任者が今向き合っているのは、かつてないテクノロジーとの融合です。高度なコンピューティングとAIによる意思決定がリアルタイム分析を可能にし、プログラム可能な通貨が国際決済の形を変え、量子コンピュータが今の暗号技術を脅かしています。その一方で、老朽化した基幹システムは変化についていけず、サイバー脅威は防御の適応速度より速く進化し、金融犯罪者は広がり続けるデジタル空間の脆弱性を突いてきます。 

これが金融の最前線です。技術革新と市場の破壊、地政学が複雑に絡み合い、かつてないチャンスと、会社の存続を揺るがすリスクが同時に生まれています。 

この最前線で勝ち残るには、最先端のテクノロジーを活用するだけは不十分です。リスクを適切にコントロールしながら、そのメリットを最大限に引き出す“攻めの戦略”が必要です。今こそ、こうした最前線のテクノロジーを見極め、どう活用するかを明確にする時なのです。  

量子コンピューティングとエッジコンピューティング

量子コンピューティングやエッジコンピューティングといったテクノロジーの進化が、AIをはじめとするデジタル・アプリケーションの処理速度を劇的に押し上げる一方、複雑さも増し続けています。量子コンピューティングが極めて複雑な計算処理を担う一方で、エッジコンピューティングがその計算能力を瞬時に、必要な場所で提供します。

量子システムは、数百万もの変数を同時に評価でき、複雑なシナリオや相互依存関係を、これまでにない形でモデル化できます。これを活用すれば、これまで効率的に扱えなかった高度な不正検知やストレステストや、極めてパーソナライズされたサービスを提供できるようになります。10

こうしたテクノロジーは、もはや理論の段階ではありません。JPMorgan Chase11、Goldman Sachs12、トルコのYapı Kredi Bank13などが、ートフォリオ最適化、オプション価格算定、リスク計算で量子アルゴリズムを導入し始めています。これにより、従来数週間かかっていた計算が数分で終わらせられるようになります。

エッジコンピューティングは、金融インテリジェンスのあり方そのものを変えます。すべてを遠く離れたデータセンターで処理するのではなく、計算能力を必要な現場に持っていくのです。たとえば、複雑なローン申請を即座に審査・承認するスマートATM、取引所フロアで遅延なく判断を下すトレーディングシステム、通信環境が悪くても投資アドバイスを出せるモバイルアプリといった未来的な機能が現実のものになる可能性を秘めています。  

ただし、セキュリティやプライバシーを脅かすリスクに、組織は備えなければなりません。量子コンピューティングは現在の暗号方式の多くを突破することができ、2035年頃には今日の暗号化通信の大半が実質的に“公開情報”となる可能性があります。14一方で、無数のエッジデバイスはサイバー攻撃の入口を大幅に増やし、データ主権の管理も複雑にします。

企業はすぐにでも備える必要があります。子に対応したインフラと、セキュアなエッジ展開を視野に入れ、ハイパースケーラーやQuantum as a Service(QaaS)事業者と組んで実証実験を進めることが重要です。不正検知などの具体的なユースケースを通して協業し、取引所やモバイルバンキングといった重要な接点にエッジコンピューティングを組み込み、ゼロトラスト15のセキュリティで侵害リスクを抑えることが求められます。

そして何より、数年がかりのポスト量子暗号(PQC)移行を今から検討する必要があります。政府16の取り組みと同じく、まずは暗号に依存している箇所を洗い出し、そのうえで「暗号の断崖」がくる前に耐量子アルゴリズムへ段階的に移行する計画を立てます。この取り組みが欠かせません。

fintech frontier pull quote 1

AIと自律型金融

チャンスとリスクのせめぎ合いがこれほど明確な技術領域は、AI以外にありません。AIと機械学習は、顧客対応チャットボット、トランザクション監視、コンプライアンス、自動アルゴリズム取引など、金融の中核を担うようになっています。これに伴い、金融業界のAI投資は、2027年までに3倍近くの約1,000億ドルに達する見込みです。17

生成AIとエージェント型AIの進化は、誰もが使えるアクセスのしやすさと使いやすさの向上によって新たな可能性を切り拓きました。自然言語が新しいユーザーインターフェースになることで、自動化の規模と範囲が飛躍的に広がり、従業員と顧客の双方に新たな効率化の機会をもたらしています。夜間に世界の市場を監視し、地政学的ショックに備えて金融ポートフォリオを自動調整するAI。はたまた、住宅ローンを事前審査し、最適な商品を探して交渉までしてくれるAI。そんな世界が現実になりつつあるのです。 

ただし、リスクも急激に高まっています。たとえば、ワクチンを作れるほど高度なモデルは、生物兵器の開発にも転用されかねません。また、AI主導のコード分析や脆弱性管理ツールは、イランをはじめとする新興国18が関与する悪質なサイバー攻撃の拡大を加速させる可能性があります。このように、画像や音声を生成するAIツールはディープフェイクを生み、かつてない規模で詐欺を助長しています。実際、2024年の欧州ではソーシャル・エンジニアリング詐欺が156%、フィッシングが77%19も増えています。 

自律性は脆弱性も生みます。現在のAIシステムは高度な能力を持つ一方で、容易に誤誘導できるというリスクも抱えています。20説明不可能な判断、偏見、景気21に連動して誤りが増幅される傾向といったAI特有の問題が、誤った判断をさらに助長してしまうのです。

組織はAIの活用に、計画的にガバナンスフレームワークを統合する必要があります。こうした理由から、ホワイトハウスはNIST(米国国立標準技術研究所)のAIリスク・マネジメント・フレームワーク22のようなツールの整備を指示しました。これを怠ると、エージェンティックAIのスピードと複雑さが、コンプライアンスやセキュリティの監視の死角となり、重要業務に連鎖的なダメージを与えかねません。

こうしたモデルを適切に管理し、現在の真正性の危機に対処する基盤に投資しなければなりません。オンライン上の人物、コンテンツ、トランザクション、機器が本物なのか、機密データは守られているのか。それを信頼できない限り、エージェンティックAIは機能しません。 

音声や自撮りで本人確認する時代は終焉を迎えました。昨今のデジタル時代では、暗号テクノロジーを基盤としたデジタルIDの仕組み23が、信頼の土台でなければなりません。企業は、検証可能な本人証明や重要業務への厳格なアクセス管理といったデジタルID認証の仕組みに加え、データの機密性を保ちながら分析できるプライバシー保護テクノロジーへの投資を進めるべきです。

AIなどのテクノロジー悪用を防ぎ、セキュリティ、完全性、説明責任を確保するための「TrustTech」(トラストテック)は、まだ構築も普及もされていません。しかし、そこに取り組むことはビジネス上の価値となります。 AIと自動化が席巻する市場では、透明性やセキュリティ、倫理的なAI活用を適切に示せる企業が、持続的な信頼と顧客からの支持を獲得していくことになります。

プログラマブルマネーとトークン化

デジタル資産とブロックチェーン技術といった技術革新は、FinTechの最前線となる“最後の砦”です。銀行などの仲介者を介さずに、国境を越えた送金とほぼ瞬時の決済を実現し、金融取引のあり方そのものを変えようとしています。

デジタル資産への注目は高まり続け、時価総額は約4兆ドル24に達しました。ある調査によると、CFOの約40%25が暗号資産は従来の金融よりコストも時間も効率的だと考えており、137カ国26が中央銀行デジタル通貨の検討を進めていると発表しています。

ブロックチェーンの革新性は、プログラマブルマネー(ルールを組み込めるお金)とスマートコントラクト(自動実行される契約)にあります。開発者は取引相手や規制当局が求める正確さと透明性を実装し、セキュリティとコンプライアンスを強化できます。 

ブロックチェーン技術によって、条件付き支払い、自動エスクロー(第三者預託)、制裁対象のチェックといった機能をシステムに組み込めるのです。不動産、コモディティ、債券、アート、知的財産などのリアル・ワールド・アセット(RWA)をトークン化すれば、デジタル市場での流動性とアクセスが劇的に向上する可能性があります。 

ただし、課題は山積みです。デジタル資産サービスを検討する際、リーダーは絶えず変わる規制環境を注視しなければなりません。最近はステーブルコイン(コモディティと連動する暗号資産)や資本市場関連の法整備が進んでおり、業界リーダーには政策立案者との対話に積極的に参加することを強く勧めています。鉄は熱いうちに打て:今はあなたの意見を政策が固まらないうちに立案者に届けるチャンスなのです。

組織は、デジタル資産業界の多くがまだ発展途上であることを認識すべきです。ブロックチェーンの透明性がリスクを軽減する面はあるものの、暗号資産はマネーロンダリング、サイバー攻撃、消費者被害などの深刻なリスクを抱えています。27これは「ブロックチェーン」自体の問題ではなく、業界の一部事業者がコンプライアンスやセキュリティフレームワークを軽視していることに起因します。28

コンプライアンスをプログラムに組み込めるにもかかわらず、多くの開発者がそれを実行していません。つい最近、北朝鮮のサイバー要員が暗号資産取引所から15億ドル29を奪い、史上最大の窃盗事件が起きました。ロマンス詐欺や投資詐欺でも、暗号資産を使って消費者から数十億ドル30が騙し取られています。盗まれた資金を回収する仕組みも、業界全体でセキュリティを本気で高める動きも、まだ十分ではありません。この現状は、分散型金融が抱える深刻な問題を露呈しています。責任分界点が不明瞭であることに加え、資産回収の難しさや、国をまたぐ規制の不備が悪用されるケースも見受けられます。

あらためて強調したいのは、これらは解決可能な課題だということです。制度や規制当局がより成熟し、デジタル資産に積極的に関与することで、さまざまな課題の解決が進むと考えられます。この10年、議論が活発化し、コンプライアンス対応も進化してきました。それは心強いことです。しかし、市場の透明性とセキュリティをさらに高めるには、デジタルIDの枠組みや、ブロックチェーンウォレットと鍵管理の標準化といった TrustTechへの投資を、もっと強力に後押しする必要があります。

今後の展望

FinTechの最前線は、いつか目指すべき未来ではありません。私たちはすでにその真っただ中にいます。高度なコンピューティング、AI、プログラマブルマネー、そして変わりゆく地政学。これらが融合し、金融をリアルタイムで再構築しています。 

不確実なデジタル時代で勝ち残る組織は、テクノロジーへの意欲、組織体制、セキュリティ、ガバナンスといった信頼の基盤に対し、すでに計画的な投資を行い、競争優位を築いています。具体的には何をすべきでしょうか。まずは、「暗号の断崖」が来る前にポスト量子暗号(PQC)への移行を準備すること。エッジ展開にゼロトラストのセキュリティ・フレームワークを組み込むこと。安全なやり取りの土台として、AIリスク管理フレームワークとデジタルID認証を導入すること。そしてデジタル資産領域では、リスクを管理しながら変革を進めることです。 

歴史が示すように、最前線では大胆な挑戦は報われ、無謀な行動は代償を払います。金融リーダーにとって、それは新しいテクノロジーを先見性と慎重さの両方で受け入れることを意味します。この均衡を保てるリーダーこそが、FinTech領域で競争優位を確立し、業界をリードする存在となるのです。

  1. https://www.mckinsey.com/capabilities/growth-marketing-and-sales/our-insights/five-facts-how-customer-analytics-boosts-corporate-performance
    1. https://www.mckinsey.com/capabilities/strategy-and-corporate-finance/our-insights/how-innovative-companies-leverage-tech-to-outperform
    2. https://www.bcg.com/publications/2024/most-large-scale-tech-programs-fail-how-to-succeed
  2. https://www.forbes.com/sites/chunkamui/2012/01/18/how-kodak-failed/
  3. https://hbr.org/2011/04/how-i-did-it-blockbusters-former-ceo-on-sparring-with-an-activist-shareholder
  4. https://www.theguardian.com/technology/2023/oct/15/blackberry-smartphone-status-symbol-then-crashed-and-burned
  5. https://www.cnet.com/tech/tech-industry/pets-com-latest-high-profile-dot-com-disaster/
  6. https://www.nytimes.com/2022/01/03/technology/elizabeth-holmes-theranos.html
  7. https://apnews.com/article/ftx-bankruptcy-binance-timeline-c519d50b9059aa8bff0ce8b6cd26c40e
  8. https://www.mckinsey.com/featured-insights/mckinsey-explainers/what-is-fintech
  9. https://www.ecb.europa.eu/press/key/date/2025/html/ecb.sp250526~d8d4541ce5.en.html
  10. https://www.weforum.org/stories/2025/07/banking-quantum-era-fraud-detection-risk-forecasting-financial-services/
  11. https://thequantuminsider.com/2024/09/19/new-study-from-jpmorgan-chase-and-aws-optimizes-large-scale-portfolio-management-with-quantum-classical-hybrid-solutions/
  12. https://www.goldmansachs.com/careers/blog/possibilities-quantum-computing
  13. https://www.weforum.org/stories/2025/07/banking-quantum-era-fraud-detection-risk-forecasting-financial-services/
  14. https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/ir/2024/NIST.IR.8547.ipd.pdf
  15. https://www.cisa.gov/sites/default/files/2023-04/CISA_Zero_Trust_Maturity_Model_Version_2_508c.pdf
  16. https://bidenwhitehouse.archives.gov/briefing-room/statements-releases/2022/05/04/national-security-memorandum-on-promoting-united-states-leadership-in-quantum-computing-while-mitigating-risks-to-vulnerable-cryptographic-systems/
  17. https://reports.weforum.org/docs/WEF_Artificial_Intelligence_in_Financial_Services_2025.pdf
  18. https://www.recordedfuture.com/research/irans-ai-ambitions-balancing-economic-isolation-national-security-imperatives
  19. https://www.tietoevry.com/en/newsroom/all-news-and-releases/press-releases/2025/04/tietoevry-bankings-new-insight-report-reveals-an-increase-in-digital-payment-fraud-in-europe/
  20. https://www.techradar.com/pro/agentic-ais-security-risks-are-challenging-but-the-solutions-are-surprisingly-simple
  21. https://www.cftc.gov/media/10626/TAC_AIReport050224/download
  22. https://www.nist.gov/itl/ai-risk-management-framework
  23. https://pages.nist.gov/800-63-4/sp800-63a.html
  24. https://www.reuters.com/business/crypto-sector-breaches-4-trillion-market-value-during-pivotal-week-2025-07-18/
  25. https://www.deloitte.com/us/en/insights/topics/business-strategy-growth/2q-2025-cfo-signals-survey.html
  26. https://www.atlanticcouncil.org/cbdctracker/
  27. https://www.cftc.gov/media/10106/TAC_DeFiReport010824/download
  28. https://www.fatf-gafi.org/en/publications/Fatfrecommendations/targeted-update-virtual-assets-vasps-2025.html
  29. https://www.ic3.gov/psa/2025/psa250226
  30. https://alert.jamf.com/af718171-4ea2-47f7-b9c2-2f08cff5da80/blocks/BLOCK?classification=Q3J5cHRvY3VycmVuY2llcw%3D%3D

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