この記事の内容

記事をダウンロード

記事のサマリーと要点

AIによる変革は、組織内で信頼が構築され、明確な目標に向かって皆の足並みが揃い、人を中心とした業務の再設計ができたとき、はじめて実現します。

  • 従業員がテクノロジーと組織の双方を十分に信頼できない状態でAIを導入すれば、イノベーションではなく、不安や抵抗が生まれます。
  • 既存のプロセスをただ加速させるのではなく、AIを活用して業務の進め方を見つめ直し、再設計を図りましょう。
  • 組織は、AIによる業務のスピードアップを目指す前に、まず一度歩みを緩めて、従業員のスキル向上に取り組む必要があります。

エレベーターの発明は、上下階の移動を容易にし、階段では負担の大きい5階以上の建物をつくれるようにしただけではありません。

建築そのものから建築工法、さらには都市計画にまで新たな発想をもたらしました。AIは知的労働において、ある意味でこのエレベーターのような存在です。

 ところが私たちは、1階から5階への移動を速くするための手段として使うことにばかり目を奪われ、エレベーターの存在によって仕事を見直し再設計すること、つまり新しい技術によって真新しい構造を築くことに目を向けられていません。

 「人工知能(AI)」という言葉は1956年にはすでに存在していましたが、組織や個人が知的労働におけるAIの可能性に目を向けるようになったのは、ChatGPTが一般公開されてからのことです。AIがナレッジワーカーを多くの雑務から解放できるのであれば、人はその時間を、より革新的で意義があり、人間らしく力を発揮できる仕事に充てられるはずです。

 しかし現実は、理想とは異なります。AIが高いスキルを持つ人材を反復作業から解き放てたとしても、その人たちが浮いた時間をイノベーションに充てているかというと、そうではありません。メール対応などの日常的な事務作業に、より多くの時間を費やしているのが現実です1。キンドリルの「People Readiness Report 2026」によると、AI導入によってコスト削減または成長という成果が得られていると回答したリーダーは49%にとどまっています2

 予定で埋め尽くされたスケジュールや未読メールであふれた受信箱は、人にある種の心理的な安心感を与えます。一方で、新しい挑戦には不安が伴います。特に、それが組織にとって過去にうまく扱えなかった課題であれば、なおさらです。

 AIを組織に価値をもたらし、仕事そのものを再設計する力とするためには、組織が求める「より戦略的な業務」に取り組むための知識とスキル、そして心理的な後ろ盾を社員個々人が持てるようにする必要があります。そのためには、2種類の信頼が欠かせません。組織に対する信頼と、AIというテクノロジーに対する信頼です。この2つは別々の課題であり、それぞれに異なる解決策が求められます。しかし、双方に十分対応できている組織は決して多くはありません。

経営層と社員の間に拡がる信頼ギャップ

 どの世代も、入社時には何かしらの摩擦を経験しています。しかしZ世代が直面しているのは特に、これまでとは異なる現実です。Z世代の多くが、企業と従業員、そして社会との間にあった暗黙の了解が、すでに失われたと考えています。世界全体で見ると、労働者の68%が「企業のリーダーは、人々を意図的に誤った方向へ導いている」と考えています3。また、Z世代の58%は、企業や金融機関に対して、中程度から強い不満や不信感を抱いていると回答しています4

 しかし、ほとんどのリーダーは、こうした不安に積極的に向き合っていません。彼らがかじ取りをしようとしている世界の複雑さは、かつてない水準に達しています。多くのリーダーが疲弊し、燃え尽き寸前です。一世代前の経営層が経験した大きな経済的ショックは、キャリアを通じて3~5回程度でした。しかし近年では、人員削減、関税、インフレ、戦争など、わずか18ヶ月の間に7つもの変化への対応を迫られています。

 こうした環境の中で、懐疑的な社員と疲弊した経営陣は、AI導入のための業務の再設計を求められています。しかしAIについて専門的な教育を受けている人は、ほとんどいません。そしてAIは、変革をもたらす力を持つ一方で、予測しにくい存在でもあります。「社員がAIを十分に活用できる状態にある」と回答したリーダーは23%にすぎず、1年前の調査結果より6ポイント低い結果となりました。経営層が将来に楽観的になれないのも無理はありません。そして79%のリーダーが、「AI導入のスピードに対して、自社の人材、ガバナンス、業務の進め方を適応させる力が追いついていない」と考えています5

 この信頼のギャップを、いかに埋めればよいのか。それを探る前に、まず問うべきことがあります。社員、経営陣それぞれが抱く不信感の中にも、妥当性の高いものがあるのではないかということです。実際、最近の調査結果はそれを示唆しています。スタンフォード大学の調査によると、41%の組織が、従業員が望んでいない、あるいは技術的に実現困難なAI活用を進めています6。このような場合の不信感は、非合理的な抵抗ではありません。むしろ、AI活用目的や導入方法の設計が不十分であることに対する合理的な反応であり、経営陣に対する重大な警告でもあります。まして、経営者自身がAIに懐疑的であれば、信頼は到底築けません。実際、自社でAIがどのように使われているかについての透明性を、完全に信頼しているリーダーは39%にとどまっています7

組織全体にも広がる信頼の課題

 経営層は総じて、AI活用に前向きな姿勢を崩していません。低成長が続く環境下で、AIはコスト効率や生産性を高める強力な手段と見なされており、実際にリーダーの50%が「経営幹部はAI導入に積極的である」と回答しています8

 しかし、その熱意は組織の下層へ行くほど薄れていきます。リーダーもこのことを理解しており、彼らの認識では「AIを熱心に受け入れている中間管理職」は36%、一般社員や現場職員は31%に過ぎません9。中間管理職は、十分な準備もないままAIが業務プロセスに押し込まれ、複雑さだけが増し業績は改善していない状況を目の当たりにしています。さらには、かつては自信を持って仕事をこなし、成果を上げていた部下たちが、今では解雇への不安を抱えており、その不安は管理職自身にも及んでいます。

 多くの従業員は、AIに任されている仕事こそ、本来自分たちが担いたい仕事だと感じています。たとえば、多くのソフトウェア開発者は、高度な専門性を生かして自らコードを書くことにやりがいを感じています。しかし今、彼らに求められている役割は、AIツールの出力チェックで、やりたいことと正反対です。開発者は自分の手でコードを書き、AIに品質チェックを担ってほしいのですから。

 たとえ組織内の信頼関係が十分に築かれていたとしても、AIそのものが信頼できる存在とみなされているとは限りません。多くの組織は、大規模言語モデル(LLM)やAIツールを開発する企業を信頼していません。自社データがどのように利用されるのかに不安を抱いており、特に会社が把握・承認していないAIツールを社員が業務で利用する「シャドーAI」が広がる中で、社外に出ていくデータをどこまで管理できるのか、確信を持てずにいます。さらには、AIモデルを自社の用途に合わせて調整したり、合成データを利用したりすることで、信頼性が低下したり、モデルの挙動が変わったりする可能性についても懸念を抱いています。

 問題は、ベンダーやデータに関する懸念だけではありません。組織は、自社の業務環境においてAIシステムが本当に信頼できる働きをするのか見極める必要があります。ベンダーの評判を信頼することと、AIシステムが出力する結果を信頼することは別の問題です。後者には継続的な監視と評価が欠かせません。

AI戦略を実際に動かすのは、現場の管理職です。管理職がAI活用の目的や原則、期待される成果を十分に理解していなければ、現場社員にとってAIは、仕事をよりよくするための手段ではなく、新たな混乱の要因となってしまいます。

先を急ぐために、あえて減速する

 こうした環境では、リーダーシップのあり方も変えていく必要があります。上意下達と管理を前提とした従来型のリーダーシップから、脱却しなければなりません。次々に押し寄せる経済的な変化に対処しながら、人を中心に据えた価値観と行動によって信頼を再構築し、新しい働き方を受け入れていくことが、リーダーには求められます。そうした土台が整ってはじめて、AIを業務にどう組み込むかを考えられるようになります。

 経営陣がまず取り組むべきことは、優先事項を明確にし、経営陣の足並みを揃えることです。不確実性が連鎖する環境においては、優先事項についての認識を揃えることが、リーダーシップの重要な要件になります。社員は、リーダーが何を語るかだけでなく、その言葉と一貫した業務環境が実際につくられているかどうかも見ています。  

 残念ながら多くのリーダーが、優先順位づけも、方向性の共有もうまくできていません。人間の脳が同時に管理できる課題は3~5個程度であるとわかっていますが、多くの組織で混沌とした状態が常態化し、リーダーは10個もの課題を同時に管理しようとしています。長期的に、ストレスは意思決定の質を著しく低下させます。多くの組織にとって有効なのは、スピードを緩め、重点課題を絞り込み、中核事業を安定させることです。

 重点課題を多く設定しすぎると、組織は目の前のできごとへの対応に追われ、核心的な問いを見失います。私たちは何に取り組んでいるのか。そして、それはなぜ重要なのか。何が優先事項かが明確であれば、共通の目的へ人々を結びつけることができます。そして、その足並みが揃ったとき、ようやくスピードを出せるようになります。チーム間でリソースを共有しやすくなり、摩擦が減り、意思決定は速くなります。仕事に意味を与える共通のゴールも強化されていきます。たとえば、あるテック企業では、経営陣がその年の戦略的な重点テーマとして15を超える項目を現場に提示していました。それぞれの項目には意義がありましたが、全体としては混乱を招きました。部門責任者はリソース配分に苦労し、それぞれのチームが異なるテーマを追いかけて最適化を図った結果、部門間の緊張も高まりました。投資家もその企業が最終的に目指すところを理解できず、将来の方向性に疑問を抱くようになりました。

 しかしその後、経営陣が重点テーマを3つに絞り込んだことで、状況は大きく改善しました。何が最も重要なのかが明確になったことで、何を優先し、何を後回しにするかが判断しやすくなり、部門間の協力も進むようになったのです。この事例の教訓は、足並みを揃えるためには、優先事項を絞り、本当に重要なわずかな目標を、誰の目にも明らかに見えるようにすることが大切だということです。

 経営陣が重点課題を明確に定め、その方向性について経営陣内で一致していれば、社員は曖昧さや矛盾したメッセージに振り回されにくくなります。意思決定が一貫しているという確信が生まれ、先の展開をある程度予測できるようになるためです。この予見可能性は、混乱の中でも人々が安心して行動するための拠り所になります。そうした意味で、明快さは配慮でもあります。曖昧さによる認知的・心理的負担を軽減し、人々が本当に重要な仕事に力を注げるようにするからです。

 経営の足並みだけが揃っていればよいわけではありません。AI戦略を実際に動かすのは、現場に近い管理職です。管理職がAI活用の目的や原則、期待される成果を十分に理解していなければ、現場社員にとってAIは、仕事をよりよくするための手段ではなく、新たな混乱の要因となってしまいます。信頼の構築に成功している組織は、現場の意見の継続的な収集と改善の仕組みを備えています。社員は何がうまくいっていて、何がうまくいっていないのかを共有することができ、その声が意思決定にも反映されます。信頼は、双方が互いに影響を与え合える関係の中で育まれます。AI活用型の新たな働き方を導入した、ある製薬会社の事例を見てみましょう。その会社の経営陣は、AIを導入初期に、利用状況を追うだけでは、変革が本当に進んでいるかを判断できないことに気がつきました。そこで、AIの活用度についての現場社員への聞き取りを、一度だけで終わらせず、導入期間を通じて定期的な簡易調査を実施することにしました。その目的は、単に従業員がAIツールを利用しているかを確認するだけではありません。どこでつまずいているのか、何が混乱を招いているか、次にどのような支援が必要なのかを把握することです。この取り組みにより、変革のただ中にある現場社員の実態を、リアルタイムで経営が理解できるようになりました。コミュニケーションや研修、管理職への支援のあり方を導入期間中から検討できたことで、従業員の不安や不満が抵抗として表面化する前に対応できたのです。

AIによる加速、その「進め方」と「進める理由」

 経営陣内で優先事項を明確にして、方向性を一致させることができたなら、AI活用を加速するためにリーダーが次に取り組むべき主要な課題は、スキル向上と明確な原則の策定の2つです。

 組織全体のスキル向上は不可欠です。しかし、AIに関する体系的なスキル向上戦略を導入していると回答したリーダーは31%に過ぎません10。多くの組織で、コスト削減を期待し、従業員にCopilotや企業向けChatGPTへのアクセスを提供しているものの、それを使いこなすための研修は行われていません。

 そして、研修よりもまず先に必要なのが、スキル体系の整備、すなわちAIに関するスキルを整理し、自社にはどのようなスキルを持つ人材が必要なのかを明確にすることです。さらに、自社において「AIを使いこなす力」とは何を指すのかを定義し、現時点でAIがどのように、どの程度活用されているのかを正確に把握する必要があります。しかし、社員がどのようなスキルを持っているのかを把握している組織は34%にとどまっています11。こうした基本的な情報がないままでは、効果的なAIユースケースを設計することは困難です。

 同時に、組織はAI活用の明確な指針を定める必要があります。指針とは、単に社員がしてよいこと、してはいけないことを定義するものではなく、AIに対する組織としての考え方や、社員に期待する行動、そして望ましい活用のあり方を具体例とともに示すものです。たとえば、Fortune500に名を連ねるある小売企業は、店舗へのAI導入を急速に進める中で、従業員の雇用不安や役割の変化への戸惑いに直面しました。経営陣は不安が広がるのを放置せず、指針を次のように定めました。

  • AIは店舗スタッフを置き換えるのではなく、スタッフの力を拡張する目的で活用する

  • 店舗スタッフには、より多くの時間を顧客価値の創出に充てることを期待する

  • AIはパーソナライゼーションを高め、顧客体験を向上させるために活用する

 こうして明確な指針をつくったことで、現場のAI導入への向き合い方が変わりました。従業員が、何のためにAIが導入されるのか、自らの役割がどう進化するのか、人間が引き続き求められる領域が何かを理解できるようになったからです。結果、この企業はAIを不安や混乱の原因ではなく、競争優位を生み出す源泉として活用できるようになりました。

 AIに関する指針は、不確実な状況で組織が判断に迷ったときの拠り所になります。何を重視し、どこで人間の判断を中心に据え、リスクをどう管理するのかを明確にすることで、AI活用は場当たり的な取り組みではなく、社員が理解し納得できる一貫したものになります。

 指針は文書として掲げるだけではなく、実践を通じて確かめられることが重要です。その指針によって意思決定がどのように変わり、結果どのような成果が得られたのかを、具体的に示せるようなものでなければなりません。

 混乱を常態化させたままでは、AIによる変革をスピーディーに進めることはできません。本当に前進できるのは、重要な局面であえて立ち止まり、重点課題を絞り、経営の足並みをそろえ、明確な指針を示し、人材を育て、人を中心に仕事を再設計する組織です。そうした組織において、信頼は変革を加速させる力になります。信頼がなければ、AIは既存の仕事に重ねられたひとつのツールにとどまり、仕事そのものを再構築する力にはならないのです。

出典
 
  1. 『Workforce Lab』、Slack、2024年
  2. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年
  3. 『Trust Barometer』、Edelman、2025年
  4. 『Gen Z and Grievance: A Generation's Response to a World Under Threat』、Edelman Gen Z Lab、2025年
  5. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年
  6. 『Future of Work with AI Agents: Auditing Automation and Augmentation Potential Across the U.S. Workforce』、Stanford Institute for Human-Centered AIおよびDigital Economy Lab、2025年
  7. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年
  8. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年
  9. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年
  10. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年
  11. 『People Readiness Report』、Kyndryl、2026年

お問い合わせはこちら

メール

関連記事

人とAIが共生するための設計とは:なぜ協働だけでは足りないのか

AI時代に求められる「抽象化」の力

共有

記事をダウンロード

こちらもおすすめ...

すべての記事を見る