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AIエージェント時代に必要なのは、既存業務の置き換えではなく、業務の構造を見直すこと。その鍵となるのが「抽象化」によって業務を捉え直す視点です。

  • 抽象化によって業務プロセスを構造的に捉え直すことは、AIエージェントを前提とした再設計の要点を見極め、社員がAIを実践的に活用できる環境を整えるための土台となる。
  • ガバナンスは後づけのチェック機能として捉えず、透明性や説明責任性を最初からシステム設計に組み込むようにする。
  • AIの確率論的な学習・判断能力を、製造業が蓄積してきた品質管理やリスク分析の知見と組み合わせ、AI・人間・システムの役割分担を設計することで、現実の業務に即した信頼性の高い仕組みが構築できる。

キンドリルの『People Readiness Report 2026』によれば、自社がAIを十分に活用できる状態にあると感じている経営層は、わずか26%しかいないそうです。

そして AIの導入が急速に進む一方で、人材やガバナンス、事業運営の仕組みの準備が追いついていないとみる経営層は79%にのぼります。しかし、準備度(レディネス)を測る意味とは何か。組織のAI導入を牽引する立場にとって、従業員のレディネスの高い低いは問題ではありません。レディネスが低いからやらなくていい、という話にはならない。リーダーにとって重要なのは、組織のどこから手をつけ改革を進めていくかという順序と、レディネスを涵養する環境づくりにつながる業務の「抽象化」です。

抽象化とは何か:業務をそのまま置き換えず、構造を見直す

 パナソニック コネクトでは、GPT、Gemini、ClaudeなどのLLMを切り替え、プロンプトテンプレートを用意し、品質マニュアルや研究開発APIなどを接続できる「ConnectAI」が整備されています。法務、広報、マーケティングなど、多様な部署が活用しており、やりたいことを試せる土壌はすでにできています。社員のAIリテラシーは、以前に比べて高まったといえるでしょう。コネクトAIの導入によって、年間44.8万時間の業務時間が削減されています。

 私は、AI導入を単なる自動化で終わらせてはいけないと考えています。多くの場合、現場は自分の仕事をそのままエージェントで置き換えようとします。しかし、それでは定型業務をソフトウェアで自動化するRPA(Robotic Process Automation)の延長線上にとどまります。本当に必要なのは、「AIエージェントと生成AIを前提としたときに、この画面や承認プロセス、データはそもそも必要なのか」を問い直してみることです。

 ここで鍵となるのが「抽象化」です。AIエージェントを前提としたプロセスに切り替えるためには、汎用的なメソドロジーが必要だと考えます。その方法論によって、最初は人がプロセスを見直し、将来的にはAIが自律的に見直しをしていく。過去のビジネスプロセスモデリングの経験を踏まえても、重要なのはモデル化であり、抽象化です。かつて、構造化分析や構造化設計が隆盛を極めていた頃に、日本IBMのシステム開発者が取り入れ、用いていた業務要件の分析手法は再評価できます。図を用いて業務の物理モデルを以下のように展開していく考え方です。

  1. 現物理モデル:今、実際にどう業務が動いているか、手順や仕組みを可視化するモデル(例:どの画面で入力しているか、どの帳票を見ているか、誰が承認しているか)
  2. 現論理モデル:業務から役割や手段を外し、抽象化した処理のフローに整理したモデル(例:「Aさんがメールで送った申請を、BさんがExcelで確認し、C部長がハンコを押して、システムXに再入力する」というプロセスなら「申請を受理→妥当性の確認→承認→記録」と捉える)
  3. 新論理モデル:新技術など新しい要素によって、業務がどうなるべきかを可視化するモデル(つまり、AIエージェントを使用した場合の業務を再検討するフェーズ)

 人手によるモデル化は非常に労力がかかるため、このように多段階でモデルを展開していくような作業は廃れていきましたが、今、AIの時代においては、この「正しいけれど面倒だったこと」も生成AIに適切な入力を行えば、自動化して実行することができます。抽象化すると、目の前の業務やプロセスの背後にある本質が見えてきます。結果として、既存のやり方を前提とした改善ではなく、構造そのものを再設計する視点が得られる。そしてその再設計した環境の中で、従業員にAIをどんどん活用してもらいたいと思います。いろんなものを使ってみて、効果の出たエージェントがあれば、グループ内でそれを共有してもらう。組織のレディネスは、そういった中で高まっていくものです。研修や学習機会だけでは、実践的な力はなかなか身につきません。知識として理解していても、自分の業務の中で使いこなせない人が少なくない。重要なのは、従業員が日々の仕事の中でAIを試し、活用し、その中でリテラシーを高めていける環境を用意することなのです。

NFR(非機能要件)で考えるガバナンス

 パナソニック コネクトのCTOに就任した際、顔認証や画像認識、音声認識、発話解析、音響解析、空間認識、人の行動分析など各種センシング技術などの開発を担う「イノベーションセンター」の改革から手をつけました。名称も「技術研究開発本部」に変更し、研究開発に打ち込む組織であることを明確化して、当時350ほどあった研究開発プロジェクトを100件にまで統廃合しました。プロジェクトを課題の明確さと時間軸の長短という軸で整理し、四象限のポートフォリオとして見直したうえで、短期間で課題が明確なものを優先し、長期で課題が曖昧なものは焦点を絞る。こうした整理は、個々の案件をそのまま個別に見るのではなく、課題の明確さや時間軸といった評価軸に引き上げて捉え直す、ひとつの抽象化です。

 この4月、447の会社数(親会社・連結子会社含む)を擁するパナソニックグループ全体のCAIOに就任しました。グループ全体を見据えたAI導入においても同様に、目的別・性質別の区分けが必要になるだろうと考えています。具体的に動き出すのはこれからですが、まずはAI導入における「適用領域の切り分け」。すべてを一律に統合するのでも、逆に各事業に委ねるのでもなく、どこを個別最適に任せ、どこを全体最適として設計すべきかを、グループ内各事業会社のCEO、CTOらと対話しながら見極めていくことになると思います。たとえば製品へのAI組み込みのように、製品機能や市場ニーズに密接に関わる領域は、現場と顧客を最もよく知る事業会社が担うのが合理的です。一方で、調達やサプライチェーン、ものづくりのノウハウのようにグループ横断で共有・最適化すべき領域は、ホールディングスが全体を俯瞰して設計・統治すべき「本丸」です。ここに対しては、全体を俯瞰したAIガバナンスの構築が不可欠となるでしょう。

 ガバナンスにおいては、自動化が進むほどに、倫理や説明責任がNFR(非機能要件=システムがどう統制されているか)としてシステム設計に組み込まれなければなりません。これまでは、機能(何ができるか)を先に作り、セキュリティやガバナンスは後から追加することが一般的でした。倫理についても、システムとは切り離してガイドラインとして整備するのが一般的でした。しかし、エージェントによって業務が自動化されていく世界では、「後からチェックする」だけでは間に合いません。特に注目すべきは、「透明性」と「説明責任性」です。透明性とは、AIの判断を人間が説明・検証できるようにするための技術的要件です。その担保には、「なぜその判断に至ったのか」をたどれるようにするExplainable AI(説明可能なAI)のようなアプローチが必要になります。ただし、この責任の所在は固定的ではありません。最初は人間が広く責任を持つ必要がありますが、AIの精度が上がるにつれて、任せられる範囲は徐々に広がっていきます。つまり、責任の置き方そのものが時間とともに変わるということも前提とし、設計しなければなりません。人間とAIの役割分担は、固定的ではないのです。

抽象化すると、目の前の業務やプロセスの背後にある本質が見えてきます。結果として、既存のやり方を前提とした改善ではなく、構造そのものを再設計する視点が得られる。

製造業ならではのAI活用設計

 製造業を中核とするグループ、つまり現場主導で動く業界ならではのむずかしさもあります。パナソニックでは、米国のソフトウェア企業でAIを駆使したサプライチェーン管理システムで世界をリードするBlue Yonderを買収し、ソリューション提供をしています。しかし、グループ内のすべての事業会社がBlue Yonderを採用しているかというと、そうではありません。業態によって向き不向きがあるからです。こうした「適用領域の切り分け」が必要なのは、進化の著しいフィジカルAIでも変わりません。フィジカルAIは、世界モデルのような仕組みで、デジタル空間の中で学習することを前提に、現場で撮影したデータや動画から、ロボットやAIが動作を学ぶという方向性で開発が進んでいます。パナソニックでもVLA(画像や動画といった視覚情報と言語情報を統合しロボットの動作につなげるモデル)のような手法で動画データを大量に与え、ロボットが箱詰めを学ぶ、という取り組みを進めています。しかし、人のタスクには無数のバリエーションがあります。ひとつ学んだことを発展させて類推し、くり返し学べるモデルでなければ、対応しきれません。既存の手法では、想定外の状況への対応に限界があることが見えています。

 私は今の立場において、製造業を根本から変えたいと思っています。ハイパースケーラーやビッグテックの中央集権モデルを追うことは、日本の製造業には現実的ではない。最大のヒントは現場にあります。現場のデータやノウハウを、特化されたAIをオーケストレーションして、投資やリスクの局所集中を避けつつ全体を向上させていく。そして最大の命題は、現場の熟練工の匠の技をどう形式化し、学習させるかです。AIだけですべての問題を解決することはできません。現在の生成AIや深層学習は本質的に確率論的な仕組みであり、常に100%の正確性を担保できるものではありません。したがって、AIの出力を前提としながらも、それを補完する仕組み―システムや人間の役割―を全体の中でどう配置するかという設計が不可欠です。

 これまで製造業が積み重ねてきたエンジニアリングの知見は、ここでのヒントとなるでしょう。現場にはすでに、品質やリスクを管理するためのさまざまな手法が存在しています。たとえばFMEA(故障モード影響解析)のような障害分析の手法は、どの工程でどのような問題が起こり得るかを体系的に把握するための優れた方法論です。このような「予測や判断のためのプラクティス」と、AIの確率論的な学習能力を組み合わせることで、より現実的で信頼性の高いシステムを構築することができます。

 必要なのは、全体をどう設計するかという視点。そしてそのための鍵が「抽象化」です。業務の本質的な構造を捉え直すことで、AIと人間、既存のプラクティスの最適な関係が見えてくる。その設計こそが、AI時代の競争力の源泉となるのでしょう。

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