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信頼の危機の時代に、ビジネスパートナーとの関係をいかに構築するか
著者:
スチュアート・マイスター
(Stuart Maister)
英Strategic Narrative創設者。
BBC、ITN、Skyで記者としてキャリアを積んだ後、現在は企業や公共機関の経営層に対してコンサルティングやコーチングを行っている
2025年4月29日 | 所要時間: 14分
最近の国際情勢は、信頼の崩壊が現実世界で破壊的な結果をもたらすことを示しています。現在の国際社会では、制度への信頼が全面的に失われ、あらゆる問題に「勝者と敗者」という発想で臨む姿勢が台頭しています。こんな時代に、ビジネスで信頼関係を築くにはどうしたらいいのでしょうか?
国家運営にも企業経営においても、「信頼」は極めて重要な問題です。「信頼」は「あるとよいもの」ではありません。価値創造の根本的な基盤です。しかし、従来人々を結びつけていた「こうあるべき」という前提が、今、急速に崩れつつあります。「信頼」の再構築には、意図的かつ積極的な取り組みが求められます。特にAI時代を迎え、急速に必要が高まった価値が「人間らしさ」です。「人間らしい」リーダーと企業こそが、不信がはびこる世界において、際立つ存在となるでしょう。
信頼は強い逆風に直面しています。ビジネスでは、厳しい環境の中で業績を上げなければならないというプレッシャーの高まりが、リーダーの取引行動を推進しています。人々はAIの急速な発展が自分たちにどう影響するか不安に思っています。さらに、適切に管理されない場合、テクノロジーは従業員や顧客体験を非人格化し、人間関係の重要性を低下させる可能性があります。これに、仕事の本質と忠誠心がどこにあるのかについて、世代ごとに相反する見解が加わります。
企業や政府を含む幅広い領域で「信頼」の低下が指摘される中、『エーデルマン・トラストバロメーター(2025年版)』(英語)も、「広範な不満が信頼を蝕んでいる」と指摘しています。
このような「信頼」の低下問題に積極的に対処していかなければ、創出されるはずだったあらゆる価値が破壊されてしまうでしょう。大企業で不信感が生まれ出る例を、下記に示していきます。
変革プロジェクトの失敗
ある欧州拠点の企業向けサービス会社で、複数国にまたがる事業戦略を標準化する変革プロジェクトが、たびたび行き詰まっていました。各国拠点がそれぞれ特有の技術に慣れてしまっており、変更に消極的だったためです。標準化は進まず、同社は国ごとに違った仕組みが積み上がる「パッチワーク状態」に陥っていました。統合的な戦略を実現しようとする本社の意図に対し、一部のリーダーは業務がシンプルになると前向きでしたが、現状でも十分成果を上げていると、主張し変更を受け入れない人々もいました。
しかしシニアリーダー層は、大口顧客に対して国境を越えたクロスセルを進めるために、標準化が不可欠であると判断していました。標準化が進まなければ、顧客データベースや業務プロセスが地域ごとに分断されたままになるからです。
私が関与した時点で、各国責任者、欧州本部、CIO(情報部門)チームの三者の間に、信頼関係はほとんどありませんでした。 議論は関係性の構築ではなく、技術・納期・コストの論点に偏り、やりとりは取引的になっていました。同僚というより、顧客とサプライヤーのような関係になってしまった結果、取引的な姿勢が強まり、防御的行動と責任転嫁を招き、コミュニケーション不全へとつながっていたのです。
そこで私は、彼らが目標に向けて一致団結できるよう、パートナーシップのあり方を具体的に定義し、関係の再構築に向け支援しました。結果として、三者は真の意味で協働し、より大きな価値を自社と顧客にもたらす体制を構築できました。
この事例には、ビジネスにおいて「高い信頼関係を築くこと」が極めて重要である理由を示す、2つの大切な教訓が含まれています。第一に、変革は困難を伴うため、協働しながら柔軟に対応できる関係性が不可欠である。第二に、人は基本的にリスク回避的であり、変化そのものとその変化を主導する相手を信頼できなければ、協働を選びにくい、ということです。
すべてのリーダーやチームに求められる原則はシンプルです。それは、「信頼を選ぶ」ことです。
信頼のトライアングル
信頼は、職業上の関係において自然に期待されるべきものではなく、意図的かつ意識的に構築され、育まれるものです。そして、不信感が非常に高い世界においては、ビジネスを勝ち取り、人々を導き、資本価値を構築する上で、信頼できるリーダーや企業であることは非常に有利です。
では、信頼を選択し、積極的に営業やリーダーシップの中心に据えたい場合、どのようにすればよいのでしょうか。重要なのは、積極的に高い信頼関係を設計し、それを確実に実行することです。設計のガイドラインは次のようになります。
ビジネスにおける信頼には、これまでさまざまな定義が示されてきました。たとえば、私のいとこであるデヴィッド・マイスターらが2001年に著した書籍では「信頼の方程式(Trust Equation)」が提示されています。ここで紹介する信頼の定義は、上記の考えや既存のさまざまな議論をふまえて発展させた、ビジネスにおいて “双方に利益をもたらす関係(win-win)関係”を築くための、より実務的なフレームワークです。
私はこれを「信頼のトライアングル」と呼んでいます。人と人の信頼は、明確さ(Clarity)、姿勢(Character)、能力(Capability)の3つの要素から成り、この枠組みは、重要な関係構築や新しい取り組みを進める際の指針として活用できます。
明確さ(Clarity)
プロジェクトを終えよい仕事をしたはずなのに、意思決定者が不満を示す――その背景には期待値の不一致、すなわち明確さの欠如があることが少なくありません。これが不信を生み、「次は意図どおりに進めさせる」といった硬直的な対応につながります。だからこそ信頼の基盤として、スタート時点での明確さが重要です。関係者全員が「なにを、なぜ一緒に達成するのか」をしっかり共有し、同じ方向を向くことが求められます。これを私は「戦略的ナラティブ」と呼びます。これが定まれば、課題や新たな機会に直面しても、関係者が同じ方向を向いて対応しやすくなります。
姿勢(Character)
信頼は、その人が日々どのように振る舞うか(行動)によって形づくられます。誠実でオープンなコミュニケーション、言葉の一貫性や倫理観といった基本的なものにくわえ、関係の長期的利益のために正しい判断を選ぶ勇気、公正さや忠実さ、ともに達成できる成果に対する健全な高い志も欠かせません。ポイントは、この関係で求められる行動は何かを主体的に言語化し、実務レベルの行動として定義したうえで、合意した目的に照らして運用していくことです。
能力(Capability)
ただしこうした信頼をめぐる言葉は、“耳触りのよいスローガン”として忘れ去られてしまう危険性があります。私は、関係性の立ち上がり(契約締結、変革合意、新リーダー就任など)を、「結婚式」にたとえます。結婚式では誰もが互いをたたえ、未来を楽観的に語ります。ビジネスも同様です。契約を締結した瞬間、変革プログラムに関係者が合意したタイミング、新しいリーダーの任命式、初めて開催される取締役会…これらはまさに結婚式のように華やかです。
しかし、本当の仕事はその後の結婚生活の中で始まります。それは、1年後に生まれた赤ちゃんの、午前3時の夜泣きです。ビジネスでも、課題が生じたり、思わぬトラブルが起きたりと、関係性にストレスがかかる局面が訪れます。この瞬間にはじめて、信頼が本当に築かれ、深まり、育つのです。そこで問われるのが、この関係性がどれだけ実際に価値を生み出す力を持つのかという、関係の「能力」です。つまり、関係者それぞれの強みをどう組み合わせ、関係を継続的に運用・統治して、潜在力を確実に成果(価値)へ結びつけられるのか。信頼は、そうした局面を通じて実際に築かれ、深まっていきます。
人と人の信頼は、明確さ(Clarity)、姿勢(Character)、能力(Capability)の3つの要素から成ります。
「信頼のトライアングル」を現場で活用するには
これら3つの要素の背後には、複雑さ、感情、そしてプレッシャーの中で最善を尽くそうとする人間の姿があります。だからこそ、意図(Intention)を持つことが重要です。最初の段階で「どのような意図で協働するのか」を明確にし、信頼の構築と維持を意識して合意しておくことが重要です。
「信頼のトライアングル」を現実のビジネスの場面にどう適用するか、具体をいくつか示します。いずれのケースでも重要なのは、「きれいごとを現実の状況にどう落とし込むか」を事前に考え、議論することです。理念としての言葉を掲げるだけでなく、過去にも繰り返し起きてきた現実の場面で、それをどう適用するのかを具体的に想定し、事前にすり合わせておくことが、問題対応や関係強化につながります。
  • 高い信頼に基づくリーダーシップは、強いチームと価値の高い協働の基盤となります。信頼を重視するリーダーは、目指す姿を明確に示し、一貫した行動を体現し、チームワークを促します。

  • チーム内では、「信頼に基づく行動とはなにか」を目的や文脈に即して具体化し、合意することが不可欠です。そのための枠組みとしても、「信頼のトライアングル」は有効です。

  • 顧客との関係においては、信頼は明確な差別化要因となります。「信頼されるアドバイザー」「信頼されるパートナー」といった言葉を掲げるだけでなく、その意味と実践方法を定義し、主要顧客との合意事項として運用することで、関係の質と一貫性が高まります。

  • 取引中心の発想から信頼と協働を軸に据えることで、アカウントマネジメントや顧客対応はより深く、生産的なものになります。

  • サプライヤーとの関係も、単なる「サプライチェーン」ではなく、相互に結びついた「エコシステム」としてとらえ直すことで、アジリティや対応力が高まります。ただし、ここには大きな課題もあります。バイヤー側が取引に依存する一方で、サプライヤーに協力を求めるという不均衡が起こり得るからです。本当の意味で信頼に基づく関係を築くには、双方のコミットメントが必要です。その前提となるのは、買い手側がバイヤー的マインドセットを変え、「信頼を基軸とした姿勢」で相手と向き合うことです。

信頼を持って未来に向き合う
変化のスピードが加速する中で、協働関係は開始時の前提や条件を継続的に見直し、課題に直面するたびに共同で解決していくことが前提となります。
信頼のある関係性では、課題と解決策を「双方の利益につながるもの」としてとらえるwin-winの発想が働くため、変化への対応を協働的に進めやすくなります。こうした姿勢が、今後の成否を左右します。
一方、取引中心の関係にとどまる場合、関係は契約依存になりやすく、変化は不信のもとで「相手に利用される機会」ととらえられ、win-loseに傾きがちです。
変化のスピードが増すことで、人々の選択肢も大きく広がっています。たとえば顧客が既存のベンダーに追加業務を依頼することなど挙げられますが、従業員やパートナー、サプライヤーにも同じことがいえます。あなたのために働く人は、「期待を超える働きをする」ことも「与えられた仕事だけを淡々とこなす」ことも選べます。変化に柔軟に適応することができれば、抵抗することもできます。サプライヤーやパートナー企業もまた、どこに注力し、どの要望に応えるかを自律的に選択します。追加発注の判断、期待を超える貢献の可否、変化への適応、どの要請に応えるか――いずれも相手側に裁量があります。立ち上げ時点から取引的である関係は、困難に面したとき、責任転嫁や言い訳を招きやすくなります。
誰も、自分や自社の信頼を損ねるつもりで仕事をしているわけではありません。信頼を壊そうと思って働くリーダーはいませんし、顧客からの信頼を損なおうとして行動する専門家もいません。
それでも、成果を急ぐプレッシャーの下で取引的な振る舞いに傾くことで、信頼は日常的に損なわれていきます。信頼は小さな積み重ねで築くものである一方、失うときは一気であり、その帰結は中長期のパフォーマンス低下です。
解決策は、こうした現実を直視し、重要な関係において「信頼」を軸に据えると決めたうえで、意図的に高い信頼関係を設計し、一貫して運用することです。その実践のレンズとして「信頼のトライアングル」は有効です。
信頼を基盤にした関係は、働くことをより実りあるものにし、変化に適応しやすい長期的な協働を可能にします。
技術が急速に進歩する時代だからこそ、より人間らしくあることが、確信をもって未来に向き合う鍵となり得ます。