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限られた予算でAIとどう向き合うかー戦略設計のための実践的手法
著者:
リタ・マグレイス(Rita McGrath)
コロンビア大学ビジネススクール教授。成長戦略とイノベーションの研究者で、著書『競争優位の終焉:市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける(日本経済新聞出版社、2014)』はベストセラー
2025年4月29日 | 所要時間:12分
AI導入に巨額の予算を投じられない企業は、新興技術や先端技術への投資をどう判断すべきでしょうか。技術進化を無視できない一方、社運すべてを賭けることもできません。本稿では、過度な投資負担を避けつつAI戦略を考えるための枠組みを示します。
大切なのはROI(投資収益率)だけではありません。AI時代の投資には「将来への小さな投資」が必要です。
 すべてのプロジェクトが同じ形で価値を生むわけではありません。実証済みのビジネスモデルがあり、前提条件が比較的少ない場合には、投資額に対してどのような価値が生まれるかをある程度見積もることができます。このため、現在のAIプロジェクトの多くは、抜本的な成果を目指すものではありません。焦点は効率化やコスト削減にあり、ビジネスモデル自体はほとんど変わらず、AIはあくまで漸進的な改良の手段として用いられています。たとえば法律事務所が提案依頼書(RFP)への対応にAIを活用する、広報会社がプレスリリースの作成にAIを使用する、といった例です。顧客へのサービス提供の基本的構造は変わらず、少なくとも現時点では、ビジネスモデル自体も大きく変化していません。
 一方で、より大きな投資収益(ROI)が期待できるのは、新たなビジネスモデル、これまでになかった能力、破壊的イノベーションの可能性を秘めた不確実性の高い領域です。こういったものの価値は、既存事業と同じ方法では算出できません。かわりに注目されるのが、「オプション」を積み上げるという考え方です。「オプション」とは、将来の追加投資を「行う義務」ではなく、「行う権利」を確保するために、今できる小さな投資のこと。簡単にいえば、うまくいかなければ撤退すればよいのです。その場合に失うのは、オプションを得るために投じた、(おそらく)少額のコストだけ。ビジネスを見通し、次のステップに進むかどうかを都度判断できます。
 オプション投資はコア投資よりも単位投資あたりのROIが高い、と示す研究もあります。ただし、それぞれのアプローチは大きく異なります。オプション投資はベンチャーキャピタル同様、失敗を前提に投資額をコントロールし、少数の成功で大きく回収するものです。
 AIによるゲームチェンジャーの例として挙げられるのが、クラフト・ハインツのサプライチェーン運用です。港湾の閉鎖や納品遅延などの事象が発生すると、実データがデジタルツインに取り込まれ、数十から数百の対応シナリオをリアルタイムで検証。目的に最も合致する打ち手を提示します。これは、人間の判断だけでは処理しきれない領域です。
自社のAIポートフォリオを可視化する
 こんな状況に心当たりはありませんか? AI戦略が組織を未来へ引き込もうとしている一方で、予算が足かせとなっています。既存事業が自部門のリソースを手放そうとせず、AIに回す余力が生まれにくいからです。くわえて、AIプロジェクトを統括する明確なプロセスがないため、プロジェクトのポートフォリオが戦略や予算と結びつかないまま進んでしまうこともあります。しかも人事評価は依然として、短期成果に偏りがちです。その結果、AIプロジェクトの管理は混乱しやすい状況に陥っています。こんなとき第一歩として有効なのが、「自社がすでに何に取り組んでいるのか」を把握することです。
 ここで、不確実性を2種類にわけて考えてみます。ひとつは将来の市場に関する不確実性、もうひとつは技術や能力に関する不確実性です。
図1:不確実性を組み込んだポートフォリオフレームワーク
 図1のように2つの不確実性(市場と技術)を並べて考えると、各プロジェクトの位置づけが視覚的に把握できます。コア(Core)領域のプロジェクトは、いずれの不確実性も低く、実際に使えるアプリケーションが開発され、具体的な効果も得られています。AIでいえば不正防止、医療画像解析、ゲーム、データ分析などの分野で、すでに多くの用途が実用化され、現場で活用されています。
 一方、プラットフォーム(Platforms)領域にあるプロジェクトは、将来のコア事業の一部となるべく、いま準備段階にある取り組みです。Alphabet社の自動運転車プロジェクト「Waymo」がその例です。現時点では、同社の業績全体に大きな影響を与える規模ではありませんが、市場に投入され、価値を生み出せることを実証しつつあります。実際、再保険会社Swiss Re(スイス・リー)と共同で行った最近の調査では、Waymoの車両は人間のドライバーよりもはるかに安全であることが示されました。これは価値提案において極めて重要なポイントです。さらに、WaymoはUberと提携し、両社にとって新しいプラットフォームを生み出す可能性があります。
 図1のポートフォリオ・モデルの外縁部にあるのが、「オプション」の世界です。将来の仮説や実験に対して小さな投資を行う段階です。多くの場合はうまくいきませんが、こうした取り組みは「選択肢を持ち続ける」ためのものです。技術の進化に不意をつかれないよう、競争の土俵にとどまる狙いがあります。
 ポジショニング(Positioning)オプションとは、多くの顧客にニーズがあると考えられるものの、どのソリューションが勝つかが不明な段階で行う投資です。たとえば、遠隔コミュニケーションの将来はどのような形になるでしょうか?ホログラムか、柔軟なディスプレイか、あるいは人間の代わりに退屈な会議に参加してくれるチャットボットか?どれが主流になるのかは、誰にもわかりません。しかし、ほとんどが途中で淘汰されることを前提に種を蒔いておき、どれが育つかを見極めます。
 スカウティグ(Scouting)オプションとは、自社として確立している技術や解決策を、新たな市場に展開する際に生じる「本質的な不確実性」を引き受ける投資です。多くのAIアプリケーションはこの領域にあり、実際にそれを必要とする人がいるのかどうかを、これから検証する段階です。ここで重要なのが「実験的な思考」を持つことです。期待通りの結果が得られなかったとしても、それは単に仮説が支持されなかったことを意味するにすぎず、失敗ではありません。
 ステッピングストーン(Stepping Stones)オプションは、4つの区分の中で最も不確実性が高い領域です。ここでの狙いは、AIなしでは解決できない、問題を抱える実在の顧客グループを見つけることにあります。その一例が、軍事分野での自動運転技術導入です。先行車両に追従する隊列走行型のトラックの運転手をAIに置き換えれば、人命に関わるリスクを低減し、時間を節約するとともに、より精緻な輸送部隊の管理が可能になります。
 堅実な投資の一般的原則では、リソース(人材と資金)の70%をコアに、20%をプラットフォーム、そして10%を超えない程度をオプション領域に配分します。皮肉なことに、研究が示すROIは、この配分とは逆の傾向を示しています。コアへの投資が1ドルあたり約10%、プラットフォームでは約20%、オプション投資は適切に管理すれば70%のリターンをもたらすというのです。
 図1のようにマッピングすることで、自社の取り組みを可視化できます。多くの場合、企業のポートフォリオとは、当時の現場担当者や2代前のCEOが情熱を込めてつくったもので、そこから誰も触れられず、進展のない過去の遺物と化したものです。ポートフォリオ分析の結果が図2のような状態なら、AIへの資本投資を戦略的に行っているとは到底いえません。
図2:不確実性を取り入れたポートフォリオフレームワーク
 不確実性の度合いはどう評価すればよいでしょうか?以下にいくつかの考えを示します。
AIビジネスモデルの不確実性を評価する
以下についてどの程度自信がありますか?

1 = 確実(見通しが立っている)

2 = やや不確実(まだ検討・検証が必要) 

3 = 見通しが立たない(不確実性が高い)

市場の不確実性
  • AIの価値提案の明確さ(顧客のどの課題を、どの程度明確に解決するのか)
  • AIのアウトプットに対する顧客の支払い意思(従来手段と比べて)
  • データの権利と所有の設計(学習データ、推論データ、アウトプットの扱い)
  • 競争優位性(御社のAI機能は他社が簡単に真似できないものですか?)
  • 収益モデルの持続性(サブスク型、従量課金型、成果報酬型、フリーミアムなど)
  • 当該AI領域における規制環境
  • 市場投入戦略(直販、プラットフォーム提携、APIエコシステムなど)
  • 当該領域における、AIに対する顧客の信頼と受容度
  • コストが比例して増えない形で、ビジネスモデルをスケールできるか
  • データ蓄積を通じて、ネットワーク効果を活用できるか
スコアの合計から、下記のように評価できます。

10~16:市場の不確実性は低い

17~23:市場の不確実性は中程度

24~30:市場の不確実性は高い

技術の不確実性
  • データ取得戦略とデータ品質評価
  • 利用拡大時の計算資源要件とスケーリング方針
  • モデル性能の基準(ベンチマーク)と顧客期待値のギャップ
  • 本番環境での開発・展開・運用保守の実行力
  • 機械学習システムの技術的負債の管理方針
  • 時間の経過に伴うモデルの劣化(ドリフト)の検知と抑制
  • 継続的改善のためのフィードバックループの実装
  • AIのセキュリティと脆弱性管理
  • 顧客の既存システムとの統合に伴う複雑さ
  • 技術チーム構成と重要な専門性の不足領域
スコアの合計から、下記のように評価できます。

10~16:技術面の不確実性は低い

17~23:技術面の不確実性は中程度

24~30:技術面の不確実性は高い

 現在のポートフォリオの「現状(As Is)」が把握できたら、次はその健全性と、今後必要となるほかの投資判断にどのような示唆を与えるかを検討しましょう。優先順位をつけるにあたり、現在構築しているポートフォリオが自社の戦略を本当に支えるものであるかどうかを確認します。
戦略を整理するためのスコアカード
 AIの登場により、企業は既存戦略の抜本的な見直しを迫られています。ここでは、EdTech(教育テクノロジー)のパイオニア企業Chegg社の事例をみてみましょう。同社は、宿題代行サービスで知られています。AIは「ハルシネーション(幻覚)」の問題があるため自社事業には影響を及ぼさないと考え、インドで大量雇用した作業員による人力のサービスを続けていました。しかし、学生たちは多少の誤りがあっても、無料で使えるAIを選んだのです。その結果、Chegg社の株価は2024年から25年にかけて90%以上下落しました。AIが学生の「宿題代行」を担うようになったことで、同社の事業継続性は危ぶまれています。
 自社の状況を見極めるにはどうすればよいのでしょう?どの領域に投資すべきか、投資すべきでないのかを判断するための、実践的な方法のひとつが、自社の戦略意図を反映した「スコアカード」を作成することです。スコアカードは、戦略上の選択の背景にある考え方を組織全体で共有し、それに沿った行動を促す役割を果たします。また、スコアカードに組み込まれた評価基準は、どの機会が望ましく、どの機会がそうでないのかを明確に示し、すべてのアイデアを同じ基準で整理・比較できるようにします。重要なのは点数そのものではありません。その背後にある思考プロセスです。
 では、AIに投資すべきかどうかを見極める要素とは何でしょうか?スコアカードの一例は、本ページ下部に示しています。
指標 (投資は)非常に有望 許容範囲 好ましくない 合計スコア
AIが解決し得る課題の規模 世界規模で多くの人々が直面している、極めて重要な潜在的課題 9 重要な潜在的課題だが、世界的に普遍的とはいえない 3 限定的な課題で、潜在顧客もごく一部にとどまるかマイナス影響すらある 1
AIを導入した場合の収益性 高いプレミアム価値が実現でき、利益率は45%以上 9 プレミアム価値を設定でき、利益率は20~25% 3 利益率が20%未満 1
AIソリューションの持続可能性 他社が長期にわたって模倣・競合できない障壁を有している 9 競合の排除はむずかしいが、一定期間は高収益が見込める 3   ソリューションの有望性が実証された後の競争優位が不透明 1
 スコアカードは、過去の経験と将来への洞察を、組み合わせて作成します。たとえばワークショップで次のような問いを投げかけることが有効です。「これまで成功したプロジェクトはどのようなものだったか」「投資すべきではなかったと後悔しているのはどのような案件か」「その違いを生んだ要因は何だったのか」。このような議論を通じて、将来の方向性や自社の戦略を反映した評価軸を決めていくことが重要です。
 議論を経た後、改めてプロジェクトや取り組みを見直し、スコアをつけてください。戦略チームや経営陣による簡易的な分析でも構いません。目指すのは完璧さではなく、方向の妥当性です。主要な取り組みにスコアをつけたら、優先順位を考えます。スコアが上位の案件は最優先で進めるべきで、次点のグループについては余力がある限り維持を図ります。一方、スコア最下位の案件は中止候補とし、撤退プロセスを検討します。
スコアが上位の案件は最優先で進めるべきで、次点のグループについては余力がある限り維持を図ります。一方、スコア最下位の案件は中止候補とし、撤退プロセスを検討します。
無限のリソースは必要ありません。必要なのは戦略性です
 AIがほとんどの企業にとって、注視すべき重要な技術であることは確かです。しかし、それは莫大な資本を投じなければならないという意味ではありません。賢く規律をもって取り組めば、会社の命運を賭けることなく、新たな動向を的確にとらえ続けることが可能となります。