著者:
Richard Edelman
エデルマン 最高経営責任者
2025年4月29日 | 所要時間: 11分
近年、テクノロジー業界において「信頼」が最も重要なテーマになっています。
エデルマン社による国際調査「トラストバロメーター」では、この10年で米国、英国、オーストラリアなど主要市場において、テクノロジー企業への信頼が大きく低下していることが示されています。1
その背景には、サイバー攻撃や情報戦による民主主義の揺らぎ、さらにはAIによる雇用喪失への不安などがあります。調査対象となった28市場の回答者のうち、AIを「信頼できる」と答えた人は49%にとどまり、世界的には「AIを受け入れる人よりも拒否する人が多い」という状況です。
こうした動きは、より大きな文脈――社会全体の「信頼の崩壊」という構造的課題の中で起きています。過去25年のトラストバロメーターからは、次のような重要な傾向が見えてきます。
第一に、所得階層による信頼格差(マス‐クラスギャップ)が顕著になっていることです。所得の下位25%の層は、企業、政府、メディア、NGOといった主要機関を、上位25%に比べて大幅に信頼していません。2この信頼格差は、ここ10年で着実に拡大しています。2012年には21カ国のうち5カ国のみが二桁の格差を示していましたが、現在では21カ国中18カ国で二桁の信頼格差が生じています。特にタイやサウジアラビアのような新興国では、マス層と富裕層の間に20ポイント以上の差が見られます。この格差は、AIに対する受容姿勢にも表れています。AIの企業利用に「安心感がある」と回答した人は、所得上位25%で51%、下位25%では38%と、13ポイントの差が存在します。AIがもたらす影響に対して、経済的不安や知識格差が信頼に影響を及ぼしている構図です。
第二の特徴として、新興国のほうが先進国よりも高い「信頼水準」を持つ傾向があります。その鍵となるのが、政府とメディアへの信頼です。多くの新興国で、政府が経済成長や繁栄という約束を実際に果たしてきたという認識が強く、高い信頼につながっています。
この新興国特有の自信は、AIの活用に対する信頼にも強く反映されます。たとえば、中国ではAIを信頼する人が米国より40ポイント高く、72%に達しています。一方、先進国では、AIの活用を積極的に支持する人が3割を超える国は存在せず、「AIが生活に及ぼす影響に対して、“私のような一般の人”も主体的に関われる(コントロールできる)」と感じる人も、33%未満にとどまっています。3また、人々は、科学の独立性が政府や政治プロセス、富裕層の影響によって揺らいでいることを懸念しています。425年のトラスト&ヘルスレポートでは、世界の61%が「医学の政治化」を恐れており、コロナ禍にあった22年から7ポイント上昇しています。5
第三の特徴は、信頼の形が「トップダウン型」から「ローカル型」へと明確に変化していることです。イラク戦争や08年の金融危機を契機に、制度を支えるリーダーへの信頼は大きく損なわれました。最新のトラストバロメーターでは、回答者の3分の2以上が「CEOや政府リーダー、ジャーナリストは意図的に嘘をつく」と考えており、深刻な状況です。情報源として信頼度が高まったのは「自分と似た立場の人」で、06年以降は個人間同士の情報共有が重視されるようになりました。そしてコロナ禍で信頼がさらに“足元”へと移動し、牧師、薬剤師、地域コミュニティのリーダーなど、身近な存在がより頼られる存在となっています。企業内部でも同様の現象が起きています。従業員は、雇用主やCEO、社内ニュースレターを信頼できる情報源として認識しており、外部の発信よりも自分が属する組織への信頼が高まっています。
第四の特徴は、いま、私たちが真実をめぐる戦いのさなかにあるということです。トラストバロメーターの回答者の約3分の2が、信頼できるメディアによる情報と偽情報の見分けがむずかしいと感じてます。いまやほとんどの国で、メディアは「クリック数獲得を目的とした存在」とみなされ、最も信用ならない機関のひとつとなってしまっています。実際、政府とメディアはもつれた関係にあります。政治家が流した物議を醸すようなSNS投稿を、主要メディアが報道で取り上げています。視聴者の関心と広告出稿はSNSに流れ、伝統的なメディアは縮小し、地方メディアは広告収入と読者を失うばかりです。
若い世代では、ウェブ記事の読み方も様変わりしています。ケンブリッジ大学とGoogleの共同研究によれば、Z世代の読者は、見出しを確認したあと、まず記事につけられたコメントを読んでいます。本文へと読み進められるのは、コメントの評価が高く、読む時間をかける価値があると判断できる記事のみです。6
最新の動向として挙げられるのは、経済的な不安がより深い不満へと転じていることです。
「2025年版エデルマン・トラストバロメーター」の中核的な知見ともなっていますが、世論に地殻変動が起きています。その変化は政治的分断を超え、自己の利益を攻撃的なまでに主張する段階へまで移っています。この1年の各国の選挙を振り返ってみましょう。世界中の市民が、企業、政府、富裕層に対して強く抗議しました。米国、英国、フランス、ドイツ、カナダなど西側の民主主義諸国で、与党が政権の座を追われています。企業には、DEI(多様性・公平性・包摂性)からサステナビリティに至るまで、社会問題への関与について、厳しい目が向けられています。
不満の根底には、「社会の仕組みが不公平で、企業や政府が状況をさらに悪化させ、富裕層だけがますます豊になっている」という確信があります。疎外感の高まりも深刻で、回答者の約3分の2が「差別されることへの恐れ」を感じており、前年から10ポイントの上昇しています。高所得者層ですら「被害者になる」ことへの不安が強まっており、割合は11ポイント上昇して62%に達しました。回答者の4分の3は、賃金がインフレに追いつかないことに不安を抱き、イノベーションとグローバル化の影響による失業に対しても懸念を抱えています。働く人の58%はオートメーションを、62%は国際的な貿易摩擦が生活に影響することを案じています。
多くの人々が、エリート層や制度そのものに対して不満を抱いています。回答者の割合でいえば、41%が中程度、20%が強い不満を示しています。背景には、企業や政府が限られた層の利益にしか奉仕しようとせず、人々の生活を困難にしている、社会制度は富裕層に利益をもたらすばかりで一般市民は苦しんでいる、といった感覚があります。西側の民主主義諸国では、イノベーションへの抵抗は政治色を帯びており、特に米国では、イノベーションに拒否感を示す保守派の回答者が、リベラル派の4.5倍近くに達しています(53%対12%)。強い不満を抱く人の大半が「誰かが得をすることで、自分が損をする」というゼロサム思考に陥っています
そこで注目したいのが、最新版(24年)のKyndryl Readiness Reportです。同レポートでは、企業のIT責任者が直面している、信頼に関する重要なパラドックスが示されています。3,200人のビジネスリーダーと技術リーダーのうち、86%が「自社のAI導入は最高水準にある」と自信を示した一方で、「自社のITインフラが将来のリスクに対処できる」と回答したのはわずか29%でした。7
キンドリルは同レポートで、新技術への信頼を築き、変革を成功に導くための4つのポイントとして、下記を挙げています。
- 内から外へ信頼を築く
そのために、「信頼のカルチャー」を組織内で醸成します。重要なのは、AIは人と置き換わるものではなく、高付加価値の仕事を可能にするためにあると明確に示すことです。変革プロセスには、双方向のコミュニケーションが必要なのです。
- エラーの可能性があること認め、迅速なフィードバックループを確立する
信頼はプロジェクトを段階的に進め、都度調整を重ねることで築かれます。変革の全プロセスにわたって、社員への継続的な情報共有をすることが重要です。
- 失敗から学ぶ
それが、チームでの問題解決を可能にします。失敗は、透明性を確保することで、信頼性を構築するチャンスに変わります。
- 大小問わず成功事例を強調する
進捗を実感することで、チームは長期的な成功のイメージを具体的に描けるようになります。それが、変化への抵抗感を和らげます。
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高い不満を持つ人の半数以上がゼロサム思考(誰かが得をすれば、その分必ず誰かが損をする)を持っています。
企業や組織へのメッセージはシンプルです。社会が深刻なストレスにさらされている今、最も信頼される企業や組織を目指しましょう。CEOは、高い報酬の仕事と、手頃な価格の製品を提供しなければなりません。社員そして地域社会を守るため、リスキリングに投資しましょう。日常的な業務運営の中で、持続可能性とインクルージョンを高める取り組みを進めていきましょう。信頼なくして、イノベーションは実現しません。信頼がなければ、人々は導入に抵抗するからです。
要点は明確です。透明性とコミュニケーション、そして変化を恐れず前向きに受け入る力を確保することです。AI導入の要は信頼です。企業は新技術を導入するだけではなく、機能させるために「信頼」を築いていく必要があるのです。
出典