著者:
タイラー・コーエン(Tyler Cowen)
米ジョージ・メイソン大学経済学部教授、マーケタス・センター所長
ジョージ・メイソン大学付属で経済学、公共政策に関する独立した研究を行う機関マーケタス・センター所長。オンライン経済教育プロジェクトMRU.orgの共同創設者であり、著書『大停滞:経済成長の源泉は失われたのか?』(NTT出版)はニューヨークタイムズ紙のベストセラーにランクイン
2025年7月29日 | 所要時間: 6分
AIの登場で、少人数の企業が設立しやすくなっています。少人数で大きな成果を得るために、今準備できることとはなんでしょうか?
先月、同僚が10ページの研究概要を、ChatGPTのo3モデルを使って2時間足らずで作成していました。Google、Anthropic、X——どこの生成AIも、質の高い医療診断から法律問題の分析、経営コンサルティングまで、さまざまなタスクを実行できます。こうした生成物が完璧なのか、実用に十分耐えるかどうかはさておき、「働き方」がもう元には戻れないところまで変わってしまったことがわかります。
企業はこれにどう対応するべきでしょうか?未知の領域ゆえに正解はありませんが、一般原則をあてはめることはできます。AIは、使い方を理解している人の生産力を高める、ということです。
以前は1日がかりだった仕事が、今は1時間で完了できます。誰かが生成AIに指示を出し、別の誰かがその成果物を確認しているのですが、それはつまり、その成果が得られるまでのルーティンワークの多くをAIが代行するようになったということです。私は仕事でポッドキャストの制作もしていますが、今ではひとつのエピソードを準備する時間が以前の半分で済むようになりました。適切なプロンプトがあれば、対談相手の情報を、著書を何冊も読んだり、記事やPDFをGoogle検索しなくても、短時間でまとめることができます。
つまり、人間のアシスタントはニーズがなくなっているのです。
生成AIの登場で、多くの人がプロダクティブになりました。AIの使い方がわかっていれば、実質的には、何人もの作業アシスタントを自由に使えているような状態です。もちろん、アシスタントの行う作業の質は、取り組むタスクによって違います。AIは、仕事で必要とされる現実世界のインタラクティブなタスク、つまり対人対応や手を動かす実務作業はほとんどできません。しかし、知識に関しては圧倒的に人間を上回っています。適切な指示と評価を与えれば、あなたよりもずっと賢く、知識豊富なアシスタントなのです。
今後は、ひとりまたは少人数で50人分の業務をこなすようなことが、どんどん増えていくでしょう。むろん、編集作業の最終チェック、最後の承認作業、製品に対する責任の義務、会議への出席、他の人間とのネットワークづくりといったところでは、人間の関与が必要ですが。
しかし、前述のようなタスクの中にも、AIで対処できる可能性のあるものがまだあります。ひとつひとつのAIは不完全でも、あるAIの作業を別のAIにチェックさせることもできるのです。OpenAIのCEOであるサム・アルトマンは、先ごろ、創業者とCEOを兼任するたったひとりの従業員だけで、数十億ドルをはじき出す企業がまもなく登場するだろうと予測しました。たったひとりで、AIのチームを統括し、製品を生み出すというのです。たとえば、AIを活用し企業向けのコピーライティングを行う企業が、クライアントへの連絡、SNSの運営、カスタマーサービス対応、納税申告書の作成といった作業をほとんどAIに任せることもできます。これらは2、3年のうちに実現するかもしれず、もはやSFの世界の話ではありません。
私の見通しは、アルトマンほど大胆ではありません。そうした企業でも、2、3人、場合によっては5人の社員は必要でしょう。とはいえ、これから企業の数は増え、従業員数ははるかに少なく、しかし売上も少なくない、ということになりそうです。
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今後は、ひとりまたは少人数で50人分の業務をこなすようなことが、どんどん増えていくでしょう。
AIの登場により、企業の数は増え、組織ははるかにスリムになるでしょう。AIの積極的活用を前提に設立される新企業もあると思います。一方、既存の企業がこの方向にシフトしていくケースもあるでしょう。人員の自然減をそのまま受け入れ、定型業務を徐々に AI に置き換えていくといった形です。
企業が増えればプロジェクトが増え、新しいアイデアも増えます。起業家は、自分のアイデアを実現するうえで、他者の大規模な協力や資金をそれほど必要としなくなるかもしれません。経済全体がより活発で、挑戦的なものへと変わっていくでしょう。より多くの人が、夢に挑戦する機会を持てるようになります。ですから、強力な AI システムの登場が大規模な失業につながることはありません。経済のあらゆる分野で新しいプロジェクトが生まれますが、人間の関与は必ず必要だからです。AI に指示を与え、方向づけし、その成果を確認する作業は、ほぼすべての仕事に組み込まれていくでしょう。
これからの新しい仕事には、医薬品の臨床試験の実施や参加、データセンターの需要拡大に対応するためのエネルギー部門の整備、エンターテインメント、さらには新規プロジェクトに必要となる熟練の大工や庭師といった職種も含まれます。それに加えて、AI システムの構築やテストも、今後さらなる雇用が生まれる分野であり、すでにその動きは始まっています。また、多くの仕事において、人は人との関わりを好みます。たとえばレストランで、テーブルに置かれた iPad で注文できる技術が十分機能しているにもかかわらず、ウェイターに注文したいと考える客が多いことがその一例です。しかし、こうした役割の多くは、給与水準の低い企業におけるものとなるでしょう。
こんな未来に、今日の大企業はどう備えるべきでしょうか?まずは、AIツールを使って生産性を上げる方法を、従業員に教育することです。そのためには、さまざまなモデルの長所と短所、AIにプロンプトを与えるスキル、AIの生成物を評価し、弱点を見つける方法を、現実的な視点から教えることが大切です。そして何より、変化の激しい分野で時流に遅れないようにどうすべきかを、従業員に示していかなければなりません。
将来、この分野で起業や仕事をしようと考えている人は、人生のどの段階にいようと、そうしたAIスキルを自力で学ぶ必要があります。今こそが、少人数でAI部隊を指揮する「巨大企業」になれるかどうかを、真剣に検討するときであるといえるでしょう。