著者:
マイケル・グローエン
(Michael Groen)
元米海兵隊中将、戦略顧問。36年間にわたって米軍に従事し、統合人工知能センター(JAIC)所長(最終職位)としてAI統合による統合戦闘と部門間プロセスの変革を主導したのち、海兵隊を退役。国家安全保障局(NSA)配属時にはコンピューターネットワーク作戦を統括。統合参謀本部配属時には情報部長を務めた
2025年6月25日 | 所要時間: 8分
変革のめまぐるしさはもはや感覚的なものではなく、客観的調査により実証されたものとなっています。米軍のAI導入を主導した立場から、変革を担うリーダーに必要な資質について論じます。
「AIに何ができるか」という概念の段階から「AIを活用したインテリジェンスシステム」という運用段階への移行は、軍事技術分野だけで見ても、驚くほど短期間で実現しました。AIの意思決定のスピードと精度は、劇的に向上しています。
人工知能に関する国家安全保障委員会(NSCAI)の報告によると、軍事作戦のAI統合により、意思決定プロセスが40%迅速化され、精度も大幅に向上し、その結果、クリティカルな状況での対応時間が短縮されました(NSCAI, 2021)。
技術革新が加速度的に進む現在、未来のリーダーにとって決定的な能力となりつつあるのが「変革的思考」です。それは、個々のデータポイントの増減といった“目の前の変化”に反応するのではなく、変化の背後にある“かたち(フォーム)”の転換を読み解き、新たな現実を先取りして適応するための思考法です。この力を備えたエグゼクティブは、単に現状に対処するのではなく、訪れつつある未来を見通すことができます。
変革的思考を実践する人には、洞察力が備わります。現在の慣習を理解したうえで、その先にある多様な可能性をイメージします。表面的な兆候に注目するのではなく、根本的な原因を理解し、目先の状況にとりあえず対応するのではなく、先を見据えた戦略を立てます。戦略的展望を持つリーダーは、将来の機会とリスクを正確に特定する可能性が33%高いことが、ハーバード・ビジネス・レビューの研究で裏づけられています(Harvard Business Review, 2019)。
この能力は、生来あるようなものではありません。さまざまな状況を経験し、言動や考えを理論的に見つめ直し、積極的に前提を疑うことで培われます。
私は米海兵隊に36年間所属し、技術革新が軍事作戦と戦略能力に変化をもたらす様子を目の当たりにしてきました。とりわけ、国防総省の統合軍全体でAI活用を推進する役割を担う「統合人工知能センター(JAIC)」では、ディレクターとしてAIを戦闘指揮や省内プロセスに組み込み、意思決定や作戦遂行のあり方そのものを、根本から変革してきました。その象徴が、AI とデータ活用を一気に加速させる「AI and Data Acceleration(ADA)プログラム」です。同プログラムでは、複数軍種を横断する統合作戦指揮系統にAIツールを迅速に展開し、リアルタイムの戦略判断と作戦効率を劇的に高める成果を上げました。こうした取り組みは単なる業務改善ではなく、軍の即応態勢を次の次元へ引き上げる、変革的思考の実践そのものです。
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真の変革型リーダーは「イノベーション」と「共感」を融合し、社会の混乱を事前に予測して、人道にかなった技術シフトを計画します。
変革の例として「デジタル化」を読み解く
デジタル化も、変革的思考の成果のひとつとして上げられます。デジタル技術が登場する前は、企業は手作業で記録を管理しており、大量の書類に埋もれながら非効率な作業に追われていました。大きな課題に直面していたのは、企業だけではありません。軍の指揮統制システムも、大量の紙の地図と手動のコミュニケーションで賄われていました。しかし、デジタル化されたC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)システムの導入が、効率を革命的に向上しました。戦場でのリアルタイムのデータ共有と、迅速な意思決定が可能となったのです。アナログからデジタルへの移行によって、軍事戦略は抜本的に再構築され、アジリティと有効性が向上しました。現在私たちがデータ分析とAIの能力を活用できるのは、こうした初期段階の基礎的なデジタル変革のおかげだと言えます。デジタル変革は紙の山を実用的な大量のデータに変え、未曽有の革新と生産性向上をもたらしました。
軍がC4ISRシステムに移行して作戦の展開速度を向上させたように、企業経営者も表面的なデジタル化だけでなく、その先を見据える必要があります。デジタル化は、単に紙ベースの記録をクラウドに移行することではありません。まったく新しい運用モデルを予測し、それに適応する変革的思考を採り入れることも、デジタル化の実現には必要でしょう。たとえばAmazonは小売のデジタル化を進めただけではなく、物流を中核に据えた視点で顧客体験そのものを再構築しました。膨大なデータを需要予測、在庫の流れ、顧客エンゲージメントといった領域で、リアルタイムに機能するダイナミックなエンジンへと転換するため、独自のインフラとシステムを構築したのです。競争優位をもたらしたのは、単にデジタルツールを導入したことではなく、それらのツールが、規模、スピード、サービスをどう再定義するのかを先見的に読み取った点にありました。同様に、技術リーダーに求められているのは、AI やオンプレ×クラウド併用型ITのトレンドを把握するだけでなく、それらの技術が可能にする新たな組織の「形」を、積極的に設計していくことなのです。
トヨタ生産方式:グローバルな視点からの変革の促進
オペレーションの問題解決に向けたグローバルなアプローチは、変革を促進するうえで重要な役割を果たします。その一例が「トヨタ生産方式」です。精度と継続的改善に全力を尽くす、という企業文化に根差した先駆的な取り組みで、世界中の産業が効率性に対する考えを見直すことにつながりました。当初は自動車産業に特化したイノベーションであったトヨタ生産方式は、急速に広まり、世界中のさまざまな産業に影響をもたらしました。このような洞察は、多様な地域、産業、文化からさまざまな手法を積極的に模索し、自組織へと適応させることで生まれます。企業経営者は、世界全体から機会とベストプラクティスを見つけることで、複雑な問題を解決する能力を高め、競争優位性を築くことができます。
グローバルなモデルや知見を取り入れることが重要である一方、実際には「差し迫った現実」が、商用ツールの採用や活用方法において最も意義のある進化を促すことも多くあります。商用インフラから「重要資産」へと位置づけが転換されていくことで、そのグローバルで柔軟な技術の価値が、不測の事態への対応力として際立っていきます。
変革が社会や職場環境にもたらす影響を考える
根本的な変革は技術や経済に変化をもたらすだけでなく、社会にも大きな影響を及ぼします。技術進歩のスピードが人間の適応能力をしばしば上回るようになると、不安や抵抗感が生まれます。たとえば、軍が無人航空機(UAV)を導入した際は、倫理的議論が起こりました。社会的不安が増幅し、UAVの自律性と監視に関する政策課題が生じました。このようなとき、真の変革型リーダーは「イノベーション」と「共感」を融合し、社会の混乱を事前に予測して、人道にかなった技術シフトを計画します。持続可能な発展を実現するには、技術的進歩と社会的認識を両立する必要があります。変革によって混乱をもたらすのではいけません。人々の生活を改善させることを、目指していくべきです。職場においても、AIの導入により同様の緊張関係が生まれます。AIを導入することで、意思決定が強化され、ワークフローは自動化し、効率性が高まりますが、導入の速度と規模によっては、仕事の一部が排除される可能性もあります。「人間中心の設計(HCD)」を慎重に考慮しなければ、AIは不信感や従業員の離脱を引き起こすリスクを孕んでいるのです。一方で社員のほうも、AIシステムを、自分たちの目的意識を弱めたり役割を脅かしたりするブラックボックスと捉えるのではなく、能力を強化するツールと捉える必要があります。
変革リーダーである企業経営者は、そのために、信頼がイノベーションの「副産物」ではなく「前提条件」であることを認識するべきです。そして透明性、説明可能性、ユーザーである人間の主体性を、AI導入戦略に織り込みます。変化が従業員を追いやるようなものではなく、自分たちの能力を拡張し自信を与えてくれるものだと認識できるような環境づくりができることが、真のリーダーたる条件です。「共感」を考慮したアプローチは、従業員の抵抗感を和らげ、変革への深いコミットメントを促し、従業員を変革の「犠牲者」ではなく「副操縦士」へと変貌させることができます。
米軍での経験から語る、変革リーダーになるために必要なこと
軍での勤務を通じて、私は、変革リーダーシップの核心となる重要な教訓をいくつか学びました。第一に、チームのメンバーが広範な戦略的目標においての自分の役割を理解するには、組織の共通ビジョンを明確に伝え、そのビジョンに向かって足並みを揃えることが重要であること。第二に、リーダーとして成果を上げるには、俊敏な意思決定を行い、新しい情報を迅速に取り入れ、確固たる態度で方向転換を図る必要があること。第三に、多様な見解はただ歓迎されるものではなく、積極的にインクルーシブな環境を育むことが革新的な解決策を次々と生み、よりよい成果につながっていくこと。最後に、リーダーとチームがともに障害を乗り越え、課題から学び続けられるようにするには、レジリエンスと適応力が欠かせないということです。
変革リーダーとは、飽くなき好奇心、現実的な実行力(タクティカル・プラグマティズム)、そして戦略的先見性という重要な特性を明確に備えた人物です。変革リーダーは、経験で培った根拠と明確な理解に基づき「目的ある変革」を目指します。目的は変化そのものではありません。歴史を「答え」としてではなく「示唆を与える手がかり」として捉え、過去の文脈を手がかりに現在のトレンドを理解し、未来の可能性を読み取ることが重要です。また、多様性を尊重し、試行や実験を促進し、さまざまな視点を受け入れることで、変化を予測し、変化に影響を及ぼし、変化を大いに利用する能力を磨きます。
混乱が続く中で経営層が成功を目指すには、変革的思考は「あってもよい」ものではなく「なくてはならない」ものです。変革的思考には、勇気と謙虚さ、そしてビジョンが求められます。リーダーにとって最大の資産となるのは、確実性ではなく適応力です。未来は、変化に対応するだけではなく、変化を積極的に作り出す人のためにあるのです。