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AIが変える都市交通──そして、その未来をつくる戦略
著者:
ドゥミンダ・ウィジェセケラ( Duminda Wijesekera)
ジョージ・メイソン大学サイバーセキュリティ工学部教授および初代同学部長。産学官連携による同大メイソン・イノベーション・ラボを率いる。
2025年6月25日 | 所要時間: 8分
AI信号機の導入から変化が始まる
 ワシントンD.C.へと向かう車が長い列をつくり、通勤者はイライラを募らせる──。バージニア州アレクサンドリア市のデューク通りとヴァン・ドーン通りの交差点では、そんな朝の風景が日常になっています。しかしこの交差点はまもなく、初のスマート信号機導入という、新たな取り組みの舞台となります。毎日6万台以上の車が通る場所だけに、その効果が期待されています。
 このスマート信号機は、沿道に設置されたセンサーとAIを使用し、リアルタイムの交通状況に応じて、点灯サイクルを数分ごとに調整します。これにより、運転者の移動時間を最大10分ほど短縮できると、同市は見込んでいます。小規模かつ試験段階ではありますが、交通制御の転換点となり得る取り組みです。
 2024年、ワシントンD.C.地域のドライバーは、平均62時間を渋滞の中で過ごしました。ニューヨーク、ロンドン、ブリスベンのような大都市では、状況はさらに深刻です。しかしスマート交通システムの価値は、単純に時間で測れるものではありません。その真価は、生活の質の改善にあります。たとえば運転中のイライラの解消、緊急時対応の迅速化、大気汚染の減少、物流の円滑化、そして交通安全の向上などです。
 交通の流れをリアルタイムで学習し、信号機を動的に調整し、相互通信も可能──そんなAIによるスマート信号機制御システムを、試験運用する都市が増えています。スマート信号機は、単に渋滞を緩和するだけではありません。渋滞はドライバーのストレスを高めるだけでなく、経済への影響も深刻です。米国エネルギー省によれば、渋滞によって、米国だけで毎年33億ガロンの燃料が無駄になっています。しかしAIが信号機を最適化すれば、都市中心部の燃料消費が約20%削減され、CO₂排出量も3,000万トン以上減らせる可能性があります。これは、650万台の車を路上から減らすことに相当します。運送・交通事業者も、信頼と効率の向上により、運用コストを数十億ドル節減できるかもしれません。
 この一連の流れは、単なる技術向上によるアップデートではありません。AI活用によるクラウドベースの交通制御は、未来のアーバンモビリティへの入り口です。それは、交通がもっと予測可能となり、公平性が向上し、私たちの生活、仕事、移動のあり方とシームレスに結びつくような未来です。都市のモビリティが最適化されれば、通勤や通学の負担が軽減され、さまざまなサービスへのアクセスも向上し、都市の持続可能な成長の後押しとなります。
AIによる交通制御の仕組み

 従来の信号機は手動で設定されており、過去の交通データをもとにした固定的なモデルに基づいて、信号の切り替わるタイミングをエンジニアが調整しています。更新には数週間を要することもあり、状況の変化に対応しきれません。対策が遅れ、信号機同士の調整も不十分で、結果として渋滞が起こります。適応型の信号機も一部にはありますが、それぞれ個別に導入されているため、ほとんど連携できていません。
 スマート交通システムは、従来とはまったく異なる価値を生み出す、リアルタイム適応の、自己学習型クラウドベースプラットフォームです。必要なのは最小限のハードウェア更新だけで、道路工事のような大がかりな作業が要りません。判断のもととなるのは、過去データではなく、車両からリアルタイム送信される「基本安全メッセージ(BSM)」、すなわち速度、進行方向、ドライバーの行動予測などの小さなデータの断片です。
 スマート交通システムは、超高速の無線ネットワークと、交差点周辺で処理を行うエッジコンピューティングを組み合わせ、リアルタイム更新の交通ライブマップを生成します。さらに、最適な信号機パターンを算出し、それを交差点全体へと即時に展開することで、刻々と変化する交通状況に柔軟に対応します。それはまさに、都市の成長に合わせて進化し続ける「インフラとして機能するソフトウェア」といえるでしょう。
AIによる交通制御が経済と社会にもたらすメリット

 物流企業や配送車両を抱える事業者、ライドシェアプラットフォーム、さらには公共交通事業者にとって、その投資対効果は明確です。配送効率が10%向上すれば、渋滞による燃料消費を毎年33億ガロン削減できる、という先の試算に基づけば、年間13億ドル以上の燃料コストを削減できる可能性があります。たとえば、大量の車両を抱える事業者が、1台あたり1日1時間稼働時間を延ばすことで、業界全体で13億ドル規模の生産性向上が見込めます。Uberのドライバーはアイドリング時間が減少し、UPSなど物流事業者は渋滞を回避し、Amazonはより確実に時間どおりの配送を実現できるようになるでしょう。
 人もまた、その恩恵を受けます。救急車両には青信号の優先制御が調整され、待機時間を数分単位で短縮できます。心停止は処置までの時間が1分短縮するごとに生存率が7%上がるといわれていますから、極めて重要です。スクールバスは交差点で赤信号を発動し、学校周辺の歩行者リスクを低減します。AIや通信機能を備えた「スマートカラーコーン」は、工事現場周辺の交通を動的に迂回させ、作業員の安全と交通の流れの双方を改善します。さらに、通信機能を備えた子ども用の自転車ヘルメットは、信号機に青信号の延長を通知したり、装着している子どもに接近車両への注意を促したりすることができます。
インフラ改修コストへの「誤解」を正す

 こうしたシステムの導入には、大規模なインフラの改修が必要になるという批判もあります。しかし、大半の既存の交通システムには、IPインターフェースがすでに組み込まれています。北米においては、ハードウェアを全面的に交換せずとも、AIプラットフォームを現在のMAP/SPATメッセージングプロトコルと統合することが理論上可能です。
 従来の信号制御装置は、10年ごとに多額の費用をかけて更新されており、直近で更新を終えた都市では導入をためらう向きがあるかもしれません。しかし、医療機関で紙カルテから電子カルテに移行するのと同様で、システム導入は段階的に行われ、一気に大転換するようなものではありません。いちかばちかの賭けではなく、着実な前進の一歩なのです。
AIが信号機を最適化することで、650万台の車を路上から減らすのに相当するCO₂排出量削減が見込めます
「セキュリティバイデザイン」―最初からセキュリティを考慮した設計

 セキュリティ面の懸念もよく指摘されますが、スマート交通システムは個人情報を必要とせず、匿名の暗号化されたBSMのみを処理します。さらに、ゼロトラストアーキテクチャ、侵入テスト、冗長プロトコルを適切に実装することで、ほかのデジタルインフラと同様のリスク管理が可能です。
 水道システム、送電網、緊急通信は、保護のためすべてデジタル化され、オンライン運用されています。交通制御にも同様のセキュリティと戦略が適応できますし、そうあるべきです。
スマート信号機はスマートシティへの入り口

 AI制御の交差点は、目的地ではなく、変革を生み出す起点です。その波及効果は、交通や輸送だけでなく、大気環境、安全性、公平性にまで広がります。スマート信号機により道路はより安全でスムーズになり、自動運転車から路線バス、自転車まで、あらゆる移動手段がその恩恵を受けます。
 交通の流れが改善すれば燃料消費が減少し、排出量の削減と遅延の抑制によって、交通機関の信頼性と物流効率が向上します。緊急車両の到着は早まり、街はより静かに、より安全になります。
 自動運転車も“脇役”として貢献します。自動運転車は単に“自分で走る”だけでなく、その技術が“何を可能にするか”にこそ価値があります。交通事故の9割以上を占める人為的ミスを減らすことで、安全性が大きく向上しますし、高齢者や障がいのある方、交通サービスが行き届きにくい地域の移動手段としても有望です。そしてそれがスマート交通ネットワークと接続すれば、公共交通と民間移動サービスのバランスがとれ、サービスの重複が減ってCO₂排出量が下がり、システム全体の効率が高まります。
 リアルタイムデータを軸に公共と民間の交通を統合すれば、都市にはさらに大きな価値がもたらされます。事故が減れば保険会社の請求件数は減少し、不動産開発事業者は交通データをもとに投資判断を行えます。公衆衛生機関は、大気環境の改善が人々の健康に与える効果を、より正確に把握できるようになります。
 スマート信号機が統合された都市システムへと急速に進化し、モビリティ、救急対応、環境モニタリング、エネルギー消費、そして都市計画を統合しようというのですから、そのインパクトは計り知れません。スマート信号機はただの初めの一歩ではなく、都市生活の民主化の基盤となるものなのです。
スマート交通のためのプラットフォームを作るには

 私たちは転換点に立っています。都市の過密化が進行し、環境負荷が増大しています。そして、問題に対応できるテクノロジーが今、ここにあります。
 進歩は、技術的な実装だけで実現するものではありません。公共と民間の戦略的連携が必要です。しかし、プラットフォーム提供企業にとっては、とてつもないチャンスです。アイルランドの調査会社リサーチ・アンド・マーケッツの予想によると、北米はAI主導の交通管理市場の牽引役であり、2031年までに370億ドル規模へと拡大し、年平均成長率(CAGR)29%に達すると予想されています。以下に、スマート交通プラットフォームを企画・構築する際の戦略的アクションを示します。

  1. スモールスタートから始める
    先進的な自治体と組み、低リスクかつ高い可視性を持つパイロットプロジェクトを実施します。渋滞の削減、CO₂排出量の低減、安全性向上といった定量的な成果を示すことができれば、広域な地域展開に繋がるでしょう。
  2. 道路インフラをデジタルで捉え直す
    インフラ関連予算に、デジタル要素(エッジセンサー、クラウド連携、V2X統合など)を含めるよう働きかけます。中でも、V2Xは、車両と信号機や歩行者などが双方向に通信する技術です。道路そのものを作り直す必要はありませんが、その“考え方”はアップデートしなければなりません。
  3. 信頼と拡張性を重視した設計
     不正アクセスを前提にした安全対策(ゼロトラスト)、サプライチェーンの健全性、相互運用性と透明性を重視し、開発から運用、改善までのすべての段階に、倫理に配慮したAIと、誰もが使いやすい仕組みを組み込みます。これは“広報の言葉”だけで済ませるものではなく、実際の設計に反映すべき要件です。
  4. . 技術だけでなくエコシステムを主導する
     交通機関、通信事業者、テクノロジー企業、投資家、メーカー、研究機関、都市計画の関係者を巻き込み、エコシステム全体のハブとなりましょう。いま問われるのは、都市がスマート交通システムを採用するかどうかではありません。誰がその未来像を形づくるのか——そしてそのビジョンが“速さ”を重視するのか、“よりスマートな街”なのか、が重要です。
スマートインフラで未来を動かす

 米国の都市や州は、交通インフラに年間1,500億ドル以上を投じていますが、デジタルシステムに配分されたのはこれまでそのごく一部でした。しかし、状況は変わろうとしています。シンガポールやドバイをはじめ、さまざまな都市がAI制御によるモビリティの導入を進めており、インフラの改革で生活の質を積極的に向上させ、より住みやすく、災害に強い都市を生み出すための基盤を築こうとしています。
 米国では、アレクサンドリア、ピッツバーグ、パームビーチが、次の段階の導入試験に移行しています。しかし問題は、どの都市がスマート交通システムを導入するかではありません。誰がシステムづくりを担うかです。
 この取り組みは、実現すれば単に車の流れが効率化されるだけではありません。人やモノ、そして都市そのものをよりスマートに、公平で目的を持った形で前へ進めることができます。
 つまるところ、スマートインフラが約束するのは──人々が本当に大切なことに時間を使えるようになり、安心して暮らし、成長できる環境をつくることです。街が人を支え、人が街に力を与える。その循環を生み出すための土台なのです。


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