2025年6月25日 | 所要時間: 10分
一方的関税や報復関税、相互関税協定が次々と打ち出される現在の世界貿易の現場では、WTOがルール形成の中核として機能しているとは言いがたい状況にあります。いま求められているのは、従来の前提にとらわれない、多国間貿易体制の再設計です。
米国が直接関わらない貿易分野でも、世界の国々は、自由貿易協定(FTA)など国同士や地域同士の交渉に、多くの時間や労力、政治的なエネルギーを注いでいます。こうした直接の交渉は、WTO の会合に参加するよりも、さらに重視される傾向があります。WTO で関税の話し合いが行われなくなってから、すでに 10 年以上が経ちました。
私は本記事で、WTOが本来の役割と活力を取り戻すための、相当に「型破り」な提案を示したいと思います。1947年以来、国際貿易体制の基盤として位置づけられてきた仕組みに、あえて背を向けようという大胆な発想です。結論から述べれば、私の提案は次のような思考実験です――すなわち、関税を最恵国(MFN)原則に基づく非差別的な水準で一律に縛ることをやめ、主要国(EUは一つの主体とみなす)だけでも、自主判断または二国および地域間での相互協定を通じて、関税をより自由に変動させられるようにする、というものです。
本質的には、「すべての貿易相手国に対して同一水準の関税を維持する義務」が確固として存在しない仕組みを指します。この考えは、貿易がもはやモノの流通にとどまらず、デジタルサービスをはじめとした新しい分野へ急速に広がり、規則が目まぐるしく変化する現状に、適合しているともいえるでしょう。一方で、現在のWTOのルールでは、関税は下げられることはあっても引き上げられることはありません(ごくわずかな例外を除いて)。
こうした枠組みの基盤は、約80年前に構築されました。しかし、すでに長らく綻びが見えています。各国がこの「例外」を利用して、つまりFTAを通じ特定国にだけ特別な関税待遇を提供するようになって、構造的なひび割れが一段と広がってきました。第1次トランプ政権は、WTOの例外規則からさらに一歩はみ出して、恣意的に関税の引き上げまたは引き下げを行っています。つまり、WTOの原則を“参考程度に”扱ったのです。続くバイデン政権も、前政権がたどった道を引き返すことはありませんでした。現在の第2次トランプ政権は、WTOの最恵国待遇規則に大きな打撃を与えています。WTOは消滅こそしていないものの、その構造の健全性は根本的に失われています。
「最恵国待遇規則を原則から外す」という私のアイデアは、75年以上にわたり貿易を拡大し、経済成長をもたらしてきた世界的システムを覆すものとして、自由貿易の信奉者や市場原理に忠実な経済学者から反発される可能性が高いでしょう。
私自身もつい最近まで、“自由貿易の純粋主義者”のひとりでした。関税と貿易に関する一般協定(GATT)に関わる仕事からキャリアをスタートし、その後身であるWTOにも関わる中で、このシステムの豊かな歴史と長年の紆余曲折に愛着を抱いていたからです。しかし、厳しい現実として、WTOはもはやかつての姿とは程遠いものです。2000年代初頭まで、多くの国にとって貿易政策と通商交渉の中心にあった存在は、今や往時の面影を残す“殻”にすぎなくなっています。
2005年から2020年までの約15年間で、WTOの国際通商体制における存在感が大きく低下した背景には、複数の要因があります。私自身も含め、WTOを重視してきた米国の通商交渉担当者の多くにとって、この期間における最大の課題のひとつは、主要国間で関税水準を一律に引き下げる、あるいはそれに近い枠組みの交渉を実現することができなかった点にあります。市場開放に伴うコストと便益をめぐる懸念に加え、経済成長が伸び悩む開発途上国から提示された正当な主張を考慮すると、交渉を妥結に導くための共通認識を形成することは容易ではありませんでした。
WTOによると、第2次トランプ政権が関税を引き上げる前の米国の単純平均関税率は3.4%、一方でインドは17%、ブラジルは11.2%でした。中国の単純平均関税率は7.5%と比較的低水準だったものの、中国がWTOの現行制度による監視と規律をくぐり抜け、関税以外の手段で貿易を管理するのに長けていることは周知のとおりです。
これらの途上国が設定する最恵国待遇に基づく「拘束」関税率は、先進国の水準を大きく上回っており、WTOの義務に抵触することなく関税を引き上げる制度的余地が存在しています。インドの平均拘束関税率は50.8%と高い水準にある一方、米国では3.3%にとどまっています。少なくとも米国の立場からは、こうした状況は当初から想定されていたものではなかった、と受け止められています。EU、オーストラリア、カナダなど、同様の見解を示す国もあります。比較的経済規模の大きい開発途上国の多くは、制度が自国に不利に設計されているという見方もある一方で、数十年にわたり先進国市場における低関税環境の下で貿易を拡大し、世界貿易に占めるシェアを高めてきました。その結果、経済成長が進み、人口ひとり当たり所得も上昇しています。
先にヒンリッヒ財団向けに寄稿した論考でも触れましたが、トランプ政権関係者や米国内の一部の人々が抱く不満の背景には、こうした認識があります。彼らは、現行の通商体制が結果として米国市場の開放を先行させ、多国籍企業による海外投資を促し、米国の製造業に不利に働いてきたと感じています。もっとも、実際には状況はより複合的であり、このような見方は、通商自由化が米国経済にもたらしてきた利益や、製造業における雇用構造の変化に自動化が果たしてきた役割を十分に織り込んでいないとの指摘もあります。私自身も、長年にわたり米国の通商交渉に関わってきた立場から、歴代政権が国内の製造業、農業、サービス分野の市場機会拡大を目指して継続的に取り組んできたことを強調しています。
多国間貿易システムの弱体化については、確かに米国にも一定の責任があります。米国は、大衆迎合的、あるいは必ずしも公平とは言えない批判に対して、制度を十分に防御することができませんでした。そうした批判には、WTOが環境や労働への配慮を後回しにし、自由貿易を優先しすぎているという指摘や、主権国家が顔の見えないジュネーブの官僚機構に権限を委ねたという見方も含まれています。特に重要なのは、アメリカがWTO の中でも最も重要とされていた組織「上級委員会」のメンバー任命を止めてしまい、同委員会が無力化し、紛争解決システムが機能不全に陥ったという批判です。あまりにも多くの加盟国がFTAの枠外で関税交渉を行ったことも、WTOの形骸化につながりました。現在、関税交渉は基本的に二国間または地域間で行われるものとなり、もはやWTOでの多国間協議ではありません。
WTOが自らの未来について重大な決断を下すべきタイミングは、とうの昔に過ぎたのかもしれません。率直に言って、WTOが道を引き返す方法を想像するのは、容易ではありません。初期の活気に満ちていた時代の記憶は、多くが遠い過去のものとなり、現役の通商交渉担当者の中には当時を知らない者もいます。新しい世代の貿易担当外交官は、WTOが世界貿易に大きな影響力を及ぼしていた時代を経験していません。
WTOを立て直すため、新しい交渉ラウンドを始め、複雑な関税ルールをより透明性高くわかりやすい仕組みに置き換えるという考えがあります。その中核となるのは、最恵国待遇関税の抜本的な見直しです。これにより、一方的な関税措置や、二国間・地域間の関税の再交渉にも、共通のルールを適用できます。この発想は、いま米印の二国間貿易の中で出てきている“かなり大胆な別の案”にもヒントを得ています。そこで私は、その案を検討する場として、あえて話題性を狙ったような「トランプ–モディ・ラウンド」という名前で新しい交渉ラウンドを提案しているのです。
両国は、第1次トランプ政権下で関税障壁と非関税障壁に関する小規模貿易協定について交渉しようとしたものの、成立には至りませんでした。米国の「一般特恵関税制度(GSP)」に基づいてインドにとってのメリットを活かそうとしたのですが、包括的な二国間貿易協定を結ぶという考えは、当時はいささか突飛なものでした。ですが今、トランプ大統領とモディ首相は正にこの包括的な二国間貿易協定に向けて交渉することで合意しています。
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最終的には、現在のWTO加盟国は、現行のWTOにとどまるか、それとも改革され、新たな方向性を持つ「WTO 2.0」へと移行するかの選択を迫られることになるでしょう。
GATTおよびWTOの長い歴史を振り返ると、米国とインドはこの二つの通商体制において、最も大きな影響力を持ってきた国であるといえます。もっとも、その影響力は多くの場合、制度の根幹をめぐる重要な局面で、互いに対立する立場として行使されてきました。両国は、現在の体制の形成に大きく寄与してきた一方で、その機能低下が緩やかに進んできた過程にも、一定の責任を共有していると見ることができます。こうした背景を踏まえると、世界経済や国際貿易の構造が変化してきたこと、そしてWTOの最恵国待遇(MFN)制度が、多国間主義への回帰を説得力をもって支える仕組みではなくなりつつあることを、他の加盟国に理解してもらう役割について、米国とインドが相応の責任を担うことは自然だとも考えられます。
米国の大統領の名を冠した通商交渉段階には前例があります。1964年から1967年にかけて実施された「ケネディラウンド」です。関税引き下げだけにとどまらず、非関税貿易制限の撤廃にまで踏み込んだ初の交渉段階でした。二人の著名な世界的指導者の自尊心を満たすだけの取り組みという側面はさておき、「トランプ–モディラウンド」は、ここ数年でWTOが取り残されてきた現実への移行を象徴するものとなるでしょう。
米国大統領の名を冠した貿易交渉ラウンドには前例があり、1964年から1967年に実施された「ケネディラウンド」がその代表例です。この交渉は、関税引き下げにとどまらず、非関税障壁という新たな分野を多国間交渉の議題に取り込んだ点で、通商体制の転換点と評価されています。そうした歴史を踏まえ、「トランプ–モディ・ラウンド」と名づけられた交渉が開始されるとすれば、それは単なる象徴にとどまらず、近年のWTOが十分に対応できてこなかった現実を正面から受け止め、新たな通商秩序への移行を示す契機となる可能性があります。
「トランプ–モディ・ラウンド」が果たし得る役割のひとつは、まず関税政策における行動の自由度を確保するための新たな制度的枠組みに焦点を当てることです。多くの国々は(おそらく米国を除けば)、ほかの大多数のWTO加盟国との間で、現在の最恵国待遇(MFN)に基づく関税水準を維持したいと考えるでしょう。そうした選択は尊重されるべきです。では、関税率についてより柔軟な対応を望む国々にどう対応するか。その一案が、現在の国際貿易を取り巻く関税をめぐる混乱に一定の秩序をもたらし、関係国全体にとっての予見可能性を高める、新たなルールの導入です。こうしたルールには、関税変更を行う前にその意図を事前に通知すること、関税引き上げへ移行する際の協議やスケジュール調整、さらには所定の手続きや透明性に関する要件が守られなかった場合の、何らかの紛争解決の仕組みを含めることも考えられます。現行のWTO協定にも、こうした種類の規定はすでに存在しますが、それらはいずれも最恵国待遇を基礎とする制度を前提に構築されたものです。そのため、新たに成立した(しかもやや拙速にまとめられた)米英協定のように、一方的または特恵的な関税措置が主流となり得る状況までは十分に想定していません。こうした議論をさらに進めると、ひょっとすると、トランプ政権下の米国、あるいは次の政権が、関税の引き上げについて、その幅や速度に一定の客観的制約を設けることに合意する、という可能性もあるのかもしれません(引き下げは含まれないとしても)。
「トランプ–モディ・ラウンド」では、現行のWTO協定を見直し、アップデートすることもできます。既存のWTO協定の多くは、非関税障壁やサービス貿易を扱ったものであり、現行の枠組みとしておおむね妥当な内容を備えています。その一方で、これまで十分な規律が及んでこなかった非市場的行動については、再交渉における優先課題とすべきでしょう。新たな貿易分野を交渉の俎上に載せることも、重要です。
これはすでに既定路線とも言え、ジュネーブでは長年にわたり、特にデジタル貿易などの分野でルールを更新する必要性が議論されてきました。「トランプ–モディ・ラウンド」は、WTOの枠外で交渉されてきたデジタル貿易協定における制度的革新を踏まえつつ、電子商取引に関する「共同声明イニシアティブ(JSI)」の交渉を妥結に導くための、明確な道筋を示す場となるでしょう。今年5月には、WTOのオコンジョ=イウェアラ事務局長も、既存のWTO協定は常に動的で時代に即したものであるべきであり、将来の発展にも対応できる組織である必要がある、と強調しています。
最終的には、現在のWTO加盟国は、現行のWTOにとどまるか、それとも改革され、新たな方向性を持つ「WTO 2.0」へと移行するかの選択を迫られることになるでしょう。とはいえ、これで理想的な状況が実現するわけではありません。関税のない世界を志向し、「各国がそれぞれの得意分野に専念し、国際分業が本来もたらす生産や貿易の効率性を損なわずに、すべての国が恩恵を受けられるようにするべき」という純粋主義的な見方のほうが、実現不可能な“理想像”に近いともいえます。しかし、悲観的になりすぎる必要もありません。関税引き上げが期待された効果をもたらさないことが時間とともに明らかになり、かつ措置が真に相互的なものであるとの信頼が強まれば、各国が関税自由化へ徐々に回帰していく可能性もあります。
こうした考えを、譲歩や後退と受け止める向きもあるかもしれません。しかし、米国が主導する形であれ、米国抜きであれ、WTOが高い存在感を持っていた時代の政策へ本気で立ち戻ろうと期待するのは、非現実的な幻想だと私は考えます。そんな事態はあり得ません。むしろ、WTOが歴史の中で完全に過去のものとなってしまう前に、現実を直視することこそが、老朽化し、揺らぎつつある多国間貿易体制に新たな生命を吹き込むきっかけとなるでしょう。それは、投票手続きや委員会運営といった、小幅で段階的な改革によって達成されるものではありません。組織と多国間貿易の将来を切り開く唯一の道は、大胆な改革に踏み出すことです。