著者:
ジュリア・スタム
(Julia Stamm)
英She Shapes AI創業者兼CEO。欧州委員会やG20でリーダーとして活躍する。The Data Tank初代CEO、Global Solutions Initiativeディレクターを歴任。She Shapes AIは、AIソリューションの開発と活用を通じて社会的な課題の解決を目指す女性リーダーの活動を発掘、活動を広めることを目的としたグローバルコミュニティ。
2025年5月28日 | 所要時間: 9分
今現在、世界の先住民族が話す言語のうち、2つが失われようとしています。言語を形づくる音や音節、文字が、意味を伝えるために使われなくなりつつあるのです。
業界用語の話ではありません。ヒマラヤの奥地やアマゾンの密林など、舗装された道路のない遠隔地で暮らしを営む、小規模部族の言語についての話です。言語には、そのコミュニティが受け継いできた知恵、アイデンティティ、物語、そして世界観が宿っています。したがって、こうした言語の喪失は、歴史そのものの喪失を意味します。国連のデータによれば、世界に約6,700ある言語のうち、およそ半数が長期的な消滅の危機に直面しているとされています。
この問題に対応できるのが、言語遺産の保存に焦点を当てたAIツール「NightOwlGPT」です。筆者は自ら運営する「She Shapes AI」を通じて、創立者のアンナ・メイ・ユー・ラメンティーヨ(Anna Mae Yu Lamentillo)氏と出会いました。彼女が語るNightOwlGPTや言語遺産保存の取り組み、そしてその高度なデジタルリテラシーの話を聞くと、AIツールが人類にもたらす可能性に楽観的希望が湧いてきます。そんな、現実世界の問題を解決するためのAIを開発・運営するプロジェクト指導者に、私はたくさん出会ってきました。
しかし残念なことに、そういった取り組みへの投資が進みません。
ベルリンからブエノスアイレスまで、世界中の企業の取締役会で、AI の活用やプロトタイプ、PoCについて、熱い議論が交わされています。生成AIに対する投資は、むこう1年で1億ドルを超えると予測されています。しかし、その最終目的地はどこにあるのでしょうか。
現時点では、資金、時間、人々の知恵のほとんどが、業務プロセスの最適化や従業員の効率向上に向けられています。しかしこれが、AIが持つ真の可能性なのでしょうか。AIの真の価値は、ほかのテクノロジーと同様に、人々の生活をよりよくすることにあります。もし、AIが人類に恩恵をもたらす可能性を0から100の尺度で語るのであれば、「生産性向上」や「効率化」が占めるのはせいぜい10までです。私たちは、もっと高い目標を掲げることができますし、掲げるべきでしょう。
AIは、幅広い分野をよりよい方向へ、大きくシフトさせる力を持っています。筆者はこれまでの仕事を通じて、社会的課題の解決に焦点を当てた、非常に革新的で、責任あるAIのユースケースを、世界各地で目にする機会に恵まれました。しかしAIがその可能性を実現し、真の意味で経済や社会に貢献できるようにするには、このようなプロジェクトへのより多くの資金投入が必要です。AIに携わる人材が備えるべきスキルを見直すこと、そしてこれは私の率直な意見ですが、もっと多くの女性がAI分野のリーダーとして活躍することも必要です。
何を基準に投資先を選ぶのか
「責任あるAI」への取り組みは、現在、顧客からの信頼やロイヤリティの向上といった、ビジネス上の成果に関係するものが中心となっています。しかし、社会的課題の解決に焦点を当てたAIのビジネスケースは、それらと同様に魅力的です。AIアプリケーションは、現実世界の問題解決のため、綿密に設計され実績もあるものが世にあふれていますが、資金が多く投入されているアイデアやイノベーションを見ると、投資の優先順位に疑問を抱かざるを得ません。
私たちは、今すぐにでも発想を転換するべきなのです。ベンチャーキャピタル(VC)は、社会的課題の解決に焦点を当てたAIへの投資を避けがちです。主な理由は、資金回収に時間を要し、収益化できるかどうかが不透明なこと、そして結果の定量的な評価がむずかしいことです 。優秀な人材は、報酬の高いベンチャー企業に流れます。社会的課題の解決を目的とした場合、アプリのデータアクセスに慎重さが求められるますし、法令を取り巻く環境も複雑です。その他さまざまな理由から、社会的課題の解決を目的としたアプリに投資するVCは、1%にも達していません。実に憂慮すべき事態です。
利益のためのテクノロジーか、「幸福」のためのテクノロジーかの、二者択一というわけではありません。むしろ、両者は共存可能で、手を取り合って進んでいくべきだと思っています。ただ、AIの時代に力強く足を踏み入れた今現在、我々のテクノロジーは、人類の幸福よりも利益を優先してはいないでしょうか。私たちは、真に有意義な進歩をもたらす技術的基盤に対して、十分に投資しているのでしょうか。そして、AIがもっと社会に貢献できる可能性を最大限引き出すには、何が必要でしょうか。
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もし、AIが人類に恩恵をもたらす可能性を0から100の尺度で語るのであれば、「生産性向上」や「効率化」が占めるのはせいぜい10までです。私たちは、もっと高い目標を掲げることができますし、掲げるべきでしょう。
テクノロジーの中立性を保つには
学術的研究や政策決定、イノベーションに携わってきた筆者は、課題を体系的に捉える傾向があります。
AIには「何を学習させるか」だけでなく、「誰がどのように学習させるか」という課題もあります。AIは、私たちの社会を反映するものです。AIに与えるデータがAIの動作に反映されるのだとしたら、私たちは社会に存在する偏見の拡散や増幅を、責任を持って防がなければなりません。人間が中立でなければテクノロジーも中立ではなく、AIも然りです。私たちが思慮に欠けた行動を取れば、AIは私たちにとって危険なツールとなり得る、すなわち 、格差や偏見を固定化し、弱者から搾取し、包摂的な社会ではなく排他的な社会をつくるツールが生まれる危険性があります。そのような事態を避けるには、さまざまな背景や考え方、経験を持つ人々が、協力してAIツールの構築やアプリ開発を行うべきなのです。
そのためには、「AIの発展に携わる人物は、技術的背景を持たねばならない」という神話を捨てることも重要です。もちろん、エンジニアやプログラマー、データサイエンティストの存在は不可欠ですが、社会全体をよりよくするものとAIを位置づけるには、現場を理解する人々の協力も必要です。医療、紛争管理、気候変動対策、教育をはじめとするさまざまな領域の人々の協力が、欠かせません。社会学者や哲学者の協力も必要でしょう。そして、支援を必要とするコミュニティの状況に詳しい人々も、ここに参加してもらう必要があります。
多様な視点を取り入れることが、複雑な課題解決の鍵となる
現状と理想のギャップに着目した際、 最も目につくのが、AIツールの構築における「ジェンダー多様性の欠如」です。「責任あるAI」の開発に、女性の視点は欠かせません。しかし、目下のところ、この分野における女性の声は過小評価されています。問題は女性が排除されていることだけではなく、「責任あるAI」の開発に関する根本的課題でもあり、AIが人類にもたらす可能性に関する問題でもあります。「責任あるAI」は、社会の中で可視化されてこなかった、あるいは見過ごされてきた問題を特定・解決する力、そして世間からほとんど顧みられないコミュニティに貢献する力を持つのですから。
ベルリンに拠点を置くシンクタンクInterfaceの調査結果によると、全世界のAI専門家のうち女性が占める割合はわずか22%で、AI分野の経営幹部はさらに少なく14%です。筆者はこれまで、起業家や経営者の多様性と包摂性を高める活動、特に女性の声を代表する活動に力を入れてきました。ジェンダーギャップが目に余る状況にあり、AIソリューションは世の中をよい方向に大きく変える可能性がある、と考えるからです。女性たちはこれまで、AIの安全な利用、AIによる偽情報の拡散、AIがもたらす偏見といった、AIが社会に与える影響について、絶えず懸念を表明してきました。その声は今、ますます高まっています。また、多くの女性が、支援を必要とする人々や、女性の健康問題、金融へのアクセス格差などこれまで十分に顧みられることのなかった課題に注目しています。ここで、数ある事例の中から、フィリピン系イギリス人の起業家であり、She Shapes AIのグローバル評議会の一員であるジーナ・ロメロ(Gina Romero)氏の活動を紹介します。ジーナが経営するソーシャル企業Mettamatchは、「データサービスを取り巻く状況を再定義し、社会的責任の考えを取り入れながら、倫理的なAIの発展を目指す」取り組みを行っています。同社の大規模ネットワークを支える AI向けデータ作成に従事する女性ワーカーは、正当な報酬を得ており、敬意を持って扱われています。同社は、起業支援やフリーランス契約、在宅勤務などを通じて女性の活躍を後押ししています。また、将来の仕事に対応できるよう、女性に対してアップスキリングやリスキリング を進めています。このプラットフォームの存在により、同社で働く女性は、家族を大切にしつつ、AIに関する実践的な研修を受け、安定した収入を得られるようになりました。まさに、状況を大きく変える 「ゲームチェンジャー」 といえる取り組みです。
AIについての議論が一部の人の間でしかなされていないような状況では、社会の極めて複雑な課題をAIで解決することはできません。深刻な資金不足に悩むAI分野の女性起業家への継続的な資金提供ができず、シリコンバレーの外でイノベーションを起こすことは不可能です。
問題はそれだけではありません。組織の男女比が世間一般の傾向と同じであるなら、それ自体が競争力を損なう要因になります。あなたの会社の顧客層の中に女性が含まれていて、そのニーズに応えるAI製品やサービスを開発するのであれば、開発プロセスに多様な視点を反映できる体制づくりの検討が有益です。さまざまなバックグラウンドを持つ人材が参画し、主導的な役割を担える環境を積極的に整えることが、質の高いサービス設計につながるのです。女性のチームメンバーは、男性とは異なる人生経験やスキルセットを持っています。こうした多様な視点が、AIの活用シナリオに多様性を反映させるうえで不可欠です。
これは単に多様性を促進するためではなく、未来のシステムをより幅広い視野で形づくるための提案です。女性の活躍の場を広げ、エンパワメントするための提案でもあります。単なる実務レベルの話ではなく、戦略レベルの話です。
AI投資で認識するべき機会と責任
AIの能力と可能性が明らかになる一方で、企業の社会的責任は法制度として整いつつあります。そうした環境の中で、あらゆる業種・規模の組織には、社会の持続的発展に寄与する機会と責任が広がっています。社会課題の解決を目的とする場合でも、市場競争の観点からであっても、いま私たちが構築しているAIの基盤は、長期的に社会へ影響を及ぼすことになるでしょう。
現状のビジネスは、「話題性」に資金が集まるようにできている面があります。曖昧なロードマップや実証されていない製品しか持たない企業が多額の資金を引きつける一方、明確な用途を掲げ、社会的インパクトを重視するベンチャーが、十分な資金を得られず、注目されないまま取り残されているケースが多々あります。
こうした選択は、長期的に私たち自身の損失につながるかもしれません。よりよい未来のため、技術を正しく位置づけていくことは、決して容易な取り組みではないのです。
もしあなたがAIに投資し、AIを開発し、あるいは会社の将来をAIに託そうとしているのであれば、どうかより大きな視野を持ってください。話題性だけで終わらせず、既存の語り口や前提を思い切って問い直してみてください。もっと広く、もっと深く考えてみてください。AIが正しく活用されたときに実現できる価値に、あなた自身がどう貢献できるのかを考えてほしいのです。
AIに携わる人材の多様性を高めましょう。縦割りの組織をひとつにまとめ、社会学者や医療専門家、環境保護活動家やエンジニアを集めて、現実世界の課題や問題をAIで解決するのに必要なスキリングとトレーニングを実施しましょう。男女かかわらず、今日の複雑な問題の解決を目指すソリューションを開発するAI起業家を支援しましょう。
効率一辺倒の価値観には、少し背を向けてもよいのかもしれません。かわりに丁寧に耳を澄ませ、予想外の可能性に心を開いてみてください。今まさに女性の起業家たちが取り組んでいる、非常に大きなポテンシャルを持つAIの活用事例があることに、きっと驚かされるでしょう。AIが正しく使われたとき、それは私たちの経済を支え、社会を豊かにし、人間性そのものに貢献するのです。